三章 獣たちは眠らない
第五十五譚 王都への帰還
エルフィリムを出て十五日。
俺達は王都トゥルニカに帰還した。
やっぱり、王都の賑わいはエルフィリムとは別格で、人々の数も盛り上がりも凄まじい。
「へえ……ここが王都トゥルニカなんだね」
ジオが辺りを見渡しながら言葉を発した。
「エルフィリムとは、賑わいも人の多さも全然違うのね」
アザレアも物珍しそうに感想を述べた。
「お前らは五十年前も来た事無かったんだもんな」
そう、ジウノスとナファセロは、王都出身ではなかった。
ナファセロと出会ったのは、獣人族の王国――ビストラテア近くの小さな町だった。
彼女は王都近くの町出身だったが、幼い頃に両親と共に獣人族の住む大陸に移り住んでいたため、王都へは来た事がなかったんだ。
ジウノスとは王都近くの村で出会ったけど、彼自身が王都に来たがらなかったのでここには来なかった。
いつだったか理由を聞いてみたんだけど、「自分の手配書があちこちに貼られてる国を歩きたいと思うかい?」と言われた記憶がある。
まあ、そりゃあ歩きたくないよな。俺も歩きたくないもん。
「うん、今は顔もあまり知られてないしね。ちょっと観光してみたい気分だよ」
「アタシも見回ってみたい気はするわね」
王子と王女の顔が知れてないのもどうかと思うが……。
まあ、顔が知れ渡っていても悪用される可能性があるからな。知られてない方が良いんだろう。
俺みたいに有名になってくると――
「あぁーっ! 再誕の勇者様だわーっ!」
「ああん! 勇者様ー! どこに行ってたのーっ!」
「きゃああ! こっち向いてー!」
こうなる。
実に不愉快極まりない。
「アルヴェリオってモテモテなんだね……!」
「いやぁ……困った困った! 実に困った!」
「その割には全力で手振ってるじゃないのよ」
手を振らないと帰ってくれないからな。
やっぱりファンサービスは大事よ。
「……アル様?」
背筋に悪寒が走る。
「早く王様に報告しなければいけないのではないですか?」
そう言いながら、セレーネはどんどんと前に進んでいく。
何故だ。セレーネはいつものように微笑んでたけど、笑ってなかった。
目が笑ってない人間ほど怖いものはない、と俺は思う。
「よ、よーし! 報告行くかぁ!」
「アンタ変わらないのね……」
アザレアに呆れ気味で小言を言われながら、速足でトゥルニカ城に向かって行った。
□■□■□
「ところで――」
トゥルニカ城までもう間もなくというところで、セレーネが言葉を発する。
「先程の五十年前……とは一体どういう事なのですか? 今なら顔も知れてないとか言っていましたが……」
不思議そうに問いかけてくるセレーネに、俺はある事に気づいた。
二人が転生者で、昔の仲間だって事をセレーネに伝えてなかったんだ。
その逆もまた、ジオ達にはセレーネが俺の正体を知っているという事も伝えていない。
「え、ええっと、何というかあれよ。生まれてすぐにここに来なかったというか」
アザレアは必死に誤魔化そうと奮闘しているが、それだと逆に分かり易くなる。
むしろお前隠す気ないんじゃないかってぐらい挙動不審だ。
「……何か隠しています?」
「セレーネ、報告が終わったら話すから安心しろ」
「ちょっ! リヴァ!?」
「大丈夫。セレーネはもう知ってる」
俺の言葉に、セレーネとアザレアが不思議そうに首を傾ける。
ジオは顎に手を当て、なるほどと言いたそうに小さく頷く。
「そんな事よりもアザレア。もっと他の呼び方無いのか? それ結構グレーなんだけど」
「ふん……アタシがアンタを何て呼ぼうが関係ないでしょ?」
俺の言葉に、アザレアは反論しながらそっぽを向いた。
「……いいじゃない、唯一の繋がりがこの呼び方なんだもの」
アザレアは腕を組みながら呟く。
「繋がりって言ってもお前もっと他に――」
「なんで聞こえてるのよ!?」
「地獄耳でっす」
「炎魔法“炎女神――」
「オーケイオーケイ。わかった俺が悪かった。だからその詠唱止めようか」
俺は爽やかな笑顔を浮かべながらアザレアを止める。
こんな場所でアザレアが魔法をぶっ放したら王都が滅ぶ。
それに、聞かれたくないなら喋らなきゃいいのにさ。
なんか昔よりもツンデレ度増してないか?
……ああ、こいつ思った事口に出しちゃうタイプだったっけな……。
「皆さん、着きましたよ」
アザレアで遊んでいるうちに、いつの間にかトゥルニカ城前に着いていた。
俺は門兵に挨拶をし、顔パスで城内へ入っていく。
昔から思ってたんだけど、こういう顔パスで通れる場所のセキュリティ心配になる。
もし、俺に化けた魔物とかが現れたらどうするんだよ。絶対通すだろ。
俺達は城の中を道なりに進んでいく。
アザレアとジオは、城内の装飾やらに興奮したりしているが、俺は気にせずに謁見の間を目指す。
今回の報告で、テッちゃんには伝えたい事のほかに言いたい事もある。
報告として、エルフィリムの現状と襲撃の事は伝える。
襲撃の件は既に伝わっていると思うが、一応その場に居合わせた身として報告はする。
それと、炭鉱族の件もだ。
妖精族が嘘を吐くような奴らには見えなかったし、今の時代には通信魔法具とかいう便利な物があるから、通信が急につながらなくなったとの事で真実であるとわかったしな。
さて、俺が言いたい事はその通信魔法具についてだ。
この通信魔法具は各国にも普及しているらしく、どの国でも通信魔法具を使った連絡手段を取っているらしいじゃないか。
となると、だ。
俺が確認の為にエルフィリムに行く必要はなかったんじゃないか?
通信魔法具があるなら、各国と連絡を取り合って確認することもできただろう。
それを知っていてなお俺をエルフィリムに向かわせたテッちゃん。
いや、別にエルフィリムに行かせたことについて言うつもりはない。
行ってなければ、あの二人とも会えなかったし。
まあ、つまり何が言いたいかというとだ。
「アルヴェリオ様が到着なされました!」
「うむ、通せ」
目の前の扉がゆっくりと開かれる。
扉が完全に開く前に、俺は謁見の間に入っていく。
「よくぞ戻って来た。して、エルフィリムの様子は――」
「ドロップキック!」
「何で!?」
俺はテッちゃんに向けて、軽くドロップキックを喰らわせた。
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