第五十二譚 束の間の休息


 女王との謁見があった日の翌日。

 俺とセレーネは各々自由に過ごしていた。


 セレーネは、折角エルフィリムに来たのだから観光がしたいと言って“大樹通り”に。

 俺は、これからの事を考える為に宿のベッドで休憩していた。

 決してゴロゴロするためじゃない。そこ、寝っ転がってるだけとか言わない。


 ちゃんと考えているさ。これからの事について。

 ひとまずは王都に戻り、そこからは炭鉱族の国がある大陸に渡ろうかと思う。


 妖精族の言ってることを信じない訳じゃないけど、こればっかりは自分の目で確かめないと気が済まない。

 その大陸に渡る為の移動手段は船しかないんだけど、まあそれもどうにかなるだろう。

 いざという時はテッちゃんに頼めば解決するし。


「アルヴェリオ、いるかい?」


 考え事をしていると、木の扉が外側から優しく叩かれる。


「ああ、いるぞー」

「失礼するよ」


 木の扉を開けて部屋に入ってきたのは、エルフィリムの王子に転生したジウノス――もといグラジオラスだった。


「今起きたのかい?」

「いや、今から寝ようかと思ってたんだけど」

「相変わらずだね」


 俺達はお互いに挨拶を済ませると、ジオが窓を開ける。

 窓を開けた瞬間、心地よい風が俺の頬を撫でた。


 ジオは窓の向こうを見ながら、ゆっくりと言葉を発した。


「アルヴェリオ、今のこの世界をどう思う?」


 普段と同じ、優し気な口調で問いかけられたのはそんな言葉。


「……そうだなぁ。平和なら良い世界なんだろうな」

「平和っていうのは、聖王がいない世界の事かい?」

「それもそうなんだけど、争いがない世界の事なんじゃないか?」

「君は綺麗事を話すのが好きだね」


 その言葉に俺は黙った。


 わかってる。争いのない世界なんてない。いつもどこかで争いは起きる。

 悪を倒してもさらなる悪が現れる。そんな事は百も承知だ。

 

 世界から悪が無くなる事も、善が無くなる事も無い。

 どちらか片方だけの世界なんてありえない。

 わかってる、わかってるさ。


 それでも、そんな世界でも幸せだって思える事はあるはずなんだ。

 平和だなって思える瞬間はあるはずなんだ。


「……ああ、そうだよ。綺麗事だ。でも、綺麗事をやってのけるのが勇者だろ? 少なくとも俺はそう思ってる」


 その瞬間の為に俺は戦うんだ。

 一人でも多くの幸せを与えられるように。


「うん、それでこそ勇者だね。そういう君だから僕は着いてきたんだよ。綺麗事を並べるだけで終わらずに、それを成し遂げようとひたむきに頑張る君だからこそ、僕は信じてこれたんだ」


 ジオは真剣な表情で俺を見る。

 

「だから、僕も君に付き合う事にするよ」

「……は? どういう事?」

「君と共に聖王を倒すって言ってるんだよ?」


 俺は一瞬だけ、息をするのも忘れて固まった。

 

「お前……この国の王子だろ? 王子が国飛びだしていいのかよ?」


 そう、ジオは王子だ。

 王子である彼が国を出ていくなんて許されるはずがない。


「この国は女性が国を継ぐのが掟さ。男である僕が出て行ったところで影響はないよ」

「……旅先で女に惚れて離脱したりしないだろうな?」

「何の話だい?」


 そりゃあキ〇ファの話だよ、と口にしかけたが言ってもわかってもらえないのでやめた。

 

 俺だって、本心ではもう一度ジオと旅がしたいと思ってる。

 だけど、この時代において俺達は別人。俺はアルヴェリオだし、ジウノスはグラジオラス、ナファセロはアザレアとして生きていかなければいけない。

 なら、一緒に旅をするのは止めた方がいいんだろう。


「例え君に駄目だと言われても着いていくよ? もう置き手紙は書いたしね」

「すでに手遅れかよ!」


 俺は頭を抱えてため息を吐いた。

 しかし、そんな俺の表情は、自分でもわかるぐらい緩んでいた。


「……置き手紙書いちゃったんなら仕方ないか」


 俺とジオは顔を見合わせて小さく笑った。






□■□■□






 俺とジオは、通行証を取得するために冒険者組合に向かうために“大樹通り”を歩いていた。


 ジオによると、冒険者という資格があればどこの関所でも通れるらしく、いちいち面倒な手続きをしなくても済むらしい。

 魔法具の『能力確認ステータス』もそうだったけど、小さい紙の類だとすぐ失くしそうで怖い。

 そもそも、『能力確認ステータス』さえどこにあるか覚えていないもんだから困る。


「アルヴェリオ、辺りを見渡して見てくれないかい?」


 ジオに言われた通りに辺りを見渡す。

 俺の目に映ったのは、妖精族が平和そうに暮らしている光景。

 先日と何ら変わりのない光景だと思った。


「この前と同じだけど、それがどうしたんだ?」

「いいや、違うよ。同じじゃないんだ」


 そう言うと、ジオは目の前で談笑する男三人を指さす。


「あの三人の内、二人が高位妖精でもう一人が妖精なんだ」


 確かに、二人の恰好は豪華な物なのに、もう一人はそれに比べると普通の恰好をしている。

 ただ、今までと何が違うのかよくわからない。


「今までなら考えられないよ、高位妖精と妖精が談笑してる光景なんて」

「……ああ、そういえば言ってたな。仲が悪かったって」

「ほら、あそこの五人だって半妖精と高位妖精のグループだし、ほら、あそこも――」


 そう話しながら指さすジオの表情は、どこか嬉しそうだった。

 

 きっと、ジオはこの国が大好きなんだろう。

 王子として生まれたからとか関係なしに、一人の妖精族として――グラジオラスとして、この国の事が大好きなんだ。


「エルフィリムが大好きなんだな」

「うん、大好きさ! だから僕はこの光景を護る為に戦いたいんだよ」

「……そっか、あのジウノスがなぁ。あれほど、『一つの国にはこだわらない主義なんだよ』って言ってたジウノスがなぁ……」

「やめてくれ、アルヴェリオ」


 でも、ジオがこの国を好きになるのはわかる。

 俺は仲が悪い所を見ていないからわからないけど、根は良い奴ばかりなんだと思う。

 本当に仲が悪いなら、こんな光景は見られないはずだ。


 だから、心のどこかでは繋がりたいって思ってたんじゃないかな。


「……でも、本当に良い国だと思うぜ」


 俺達はこの平和な光景を眺めながら、冒険者組合へ向かって行った。

 

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