第五十一譚 女王陛下はどこかぶっ飛んでる
女王との謁見からしばらくして、俺とセレーネは王族の食事に招待された。
王族と言っても、親族などを抜いた血族だけの食事。
女王にナファセロ、ジウノスの三人だ。
女王の夫は三十年ほど前に亡くなっていて、現在は未亡人らしい。
「あの人と出会ったのは、勇者リヴェリア様がこの国を旅立ってから数か月後の事でした」
女王はしみじみとしながら、昔を語り始めた。
「あの人は特別格好良いわけではなく、特別凄い能力を持っているわけでもありませんでした」
「女王の夫がそんなに平凡で良いんですかね? 俺としては、もっと凄い人が夫になるものだとばかり……」
「ええ、確かにその通りです。私が彼を夫にすると側近の者達に言った際、賛同してくれた者は誰一人としていませんでした」
俺は妖精水と呼ばれる普通の炭酸水を口に含む。
確かに、そんな平凡な人にこの国の将来を担う子種を任せるのは側近たちにとっては不本意だろう。
おっと、食事中だったな。これは失敬。
「ですが、そこで私はとある方法を思いついたのです!」
「それは一体どんな方法で?」
「認めてもらえないなら、認めるしかない状況を作ってしまえばよいのだと!」
急に辺りが静まり返る。
なんだろうな、多分この人が俺の予想通りの人なら、きっとああ言うんだろうな。
それを皆悟ったんだろう。皆下を向いて布を口に当ててる。
「……つまり?」
「既成事実ですよ」
「やっぱぶっ飛んでるなあ」
ジウノスとナファセロは肩を震わせながら、血反吐を吐いた後の様な酷い顔をしている。
「なんで生まれるまでの経緯がそんなのなんだ……」
「アタシそんな話聞きたくなかった……」
まさか結婚したい相手を認めさせるための行為で出来たのがアザレアとジオだったとは……。
いくら転生したからとはいえ、そんな経緯だって知ったらモチベーション下がるよな。わかるよ。
「今思えば、そんな事をせずとも時間をかけて認めさせればよかったのだと思います。ですが、あの時に行為をしていなければグラジオラスとアザレアは生まれてなかったですし、これはこれで良かったのでしょう」
女王は温かな目で子供二人を見つめる。
そのアザレア達を見る目は、他人である俺にでさえ伝わるほど愛に満ちた優しいものだった。
「……しかし、私が勇者リヴェリア様に恋い焦がれていたのもまた事実」
「……は?」
女王以外の全員の声が重なる。
「そう考えたら、私の部屋で話をした時に既成事実を作っておけば結婚していたのは勇者リヴェリア様だったのですよね……なんて、恥ずかしい!」
全員が黙った。
一人で盛り上がる女王を無視し、俺は三人の方を見る。
しかし、誰一人として俺と目を合わせる奴はいなかった。
「母様、勇者アルヴェリオはどうでしょう? 全種族を合わせてみても見かけは上位に入ると思いますし、強さも充分です。さらに、勇者リヴェリア様と似ているという点から、再婚相手としては充分かと」
「は……!?」
悪戯な笑みを浮かべたジウノスが女王に問いかける。
ジウノスの奴、俺の事を売りやがった……! しかもなんだあの微妙にムカつくドヤ顔……!
「……確かに良い案です」
「あんたも何言ってんですか」
「勇者アルヴェリオ様。今宵は私と交わりましょう。いえ、今宵と言わず今すぐにでも!」
「いえ……あの……遠慮しとき――ちょっと待って! 離して! やめて! 私に乱暴する気でしょう!? エ〇同人みたいに!!」
「よくわかりませんが優しく致しますので!!」
「ボケだよツッコんでくれよォォ!!」
そんな地獄の様な食事会は数時間にも及び、それが終わる頃には俺の心はボロ雑巾のようにズタボロだった。
□■□■□
「酷い目にあった……」
エルフィリムで一番の宿の一部屋を無料で貸してもらった俺は、部屋に着くなり死人のように倒れ込んだ。
「中々楽しかったではないですか」
「お前はいいよな……見てるだけでいいんだもん……」
危うく守り続けてきた貞操が奪われるところだった。
まさか女王があんなにぶっ飛んだ奴だとは思わなかったから、余計にびっくりした。
もし、リヴェリアの時にあんな考えを持たれていたら……なんて考えると背筋が凍る。
「明日からどうしましょうか? 目的も達成したわけですからいつでもトゥルニカには帰れますけど」
倒れ込んでいる俺の傍にそっと座るセレーネは、今後の予定について聞いてきた。
正直、これからの事を一切考えてなかった。
エルフィリムで少しゆっくりして、王都に帰ったとする。
それからはどうするんだ?
エルフィリムで修行する? 仲間を集めたり力を付けたりしながら王都周辺でしばらく過ごす?
否。どれも論外だ。
今回のエルフィリムの騒動からも察せるように、聖王は本気で潰しに来てる。
ゆっくりしてたらいつの間にか世界が征服されてたなんて事も充分にあり得る話だ。
ならどうするか?
俺の答えは一つだ。
「とりあえず、明後日にここを出よう。明日はゆっくりとするって事で」
「王都に戻ってからはどうされるつもりですか?」
俺はゆっくりと起き上がり、遠くを見つめた。
「聖王の情報を集めながら旅をしようと思う」
俺は聖王の事を何も知らない。
どこにいるのか、どんな奴なのか。
まあ、どこにいるかなんて知ってる奴はいないとは思うけど。
それでも、旅をしながら自分の力を磨くことが出来るし、新たな発見だってあるかもしれない。
勿論、それ相応の危険はある。一つの選択が生死を分けるなんて事が日常茶飯事になるかもしれない。
「結構危険な旅になるかもしれない。だからセレーネは――」
「勿論、着いていきます。そうしなければ貴方を支えることが出来ませんし」
セレーネは微笑みながら俺の顔を覗く。
「いや、そうじゃ――」
「危険だからこそ、私の様な僧侶が必要なのではありませんか?」
俺を見つめるその瞳は決意に満ちていた。
絶対に揺るがない、そんな決意が。
本当に、どうしてセレーネは俺を支えてくれるんだろう。
こんなのもうお手伝いさんと一緒だよ。
俺だってセレーネを支えたいのに。恩返ししたいのに。
旅を続けていたら……いつかは話してくれるのだろうか。いつかは信頼してくれるのだろうか。
「……そういや、セレーネは頑固だったよな」
「ええ、頑固です」
その日が来たら、凄く嬉しいんだけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます