第四十三譚 戦場に情けは要らず


 聖王軍の本隊と戦闘を開始してからおよそ数十分。

 かなりの数がいた兵士達も、既に半分を切り、生き残っている兵士達も戦意を喪失している様子だ。


「アンデッド種も恐怖は感じるんだな。良い事教えてもらったよ」

「ア、アンデッド? 貴様は一体何を言っている……?」

「まあ、恐怖を感じるならもっと凄いのを喰らわせてもいいんだけど」


 俺の言葉に、悲鳴を上げる兵士達。


 だけど、ハッタリだ。

 俺が使える攻撃魔法は“苦痛ペイン”と“幻影ミラージュ”の二つだけ。

 それより凄い魔法なんて使えないし、魔力も底を尽き始めている。


 魔力の回復時間も考えて、ここからは近接戦闘じゃなきゃもたない。

 南側で戦ってるジオのところに行くためにも、できるだけ早く、魔力を残した状態で戦わないと。


「さて、ここからはいつも通りいかせてもらうぜ」


 俺は長剣を抜いて小さく構える。

 その行動に、敵将を含めた残りの兵士達はざわつき始める。


「魔術師じゃなかったのかよ……!?」

「こっ、殺される!!」

「ひ、怯むな! ただのハッタリに違いない! 奴が魔法を使わずとも強いなら初めから魔法など使わないはずだ!」


 流石は将を担うだけはある。

 兵士達の中に戦意を取り戻す奴が現れ始めた。


 だけどな、お前らが思ってる以上に世界は残酷なんだよ。


「このガキが!! 死――」


 真っ先に向かってきた兵士を水平に斬る。

 上半身と下半身が綺麗に分かれ、地面に落ちた。


 その時、兵士の体から赤い何かが飛び散り、俺にかかった。


 血だ。

 俺は顔にかかった血を手で拭い、そのまま歩き出す。


「な……何だよ、あれ……」

「死神……死神だ……あれは人の皮を被った死神なんだ……」


 完全に戦意を喪失したようで、多くの兵士達が膝から崩れ落ちる。

 しかし、その中でも半狂乱になって襲い掛かってくる奴もいた。


 俺は向かってくる兵士達を片っ端から斬っていく。

 斬った分だけ返り血を浴び、俺の体は真っ赤に染められていった。


「何なのだ……あの強さは……。これではまるで、我々が遊ばれているだけのようではないか……」

「ハンニバル卿! ここは南に応援を頼んで合流しましょう!」

「て、撤退の指示を!!」


 敵将の周りを一部の兵士が囲み、撤退の指示を仰いでいる。


 俺がまだリヴェリアだったら、逃げる奴を追ってまで殺したりはしなかっただろう。

 でも、俺はもう後悔したくない。

 こいつらを逃したせいで誰かが死ぬぐらいなら、俺が一人で死を背負う。


「悪いな。逃がすつもりはないんだ」


 俺は一気に敵将のところまで飛び込み、周りの兵士達を一撃で真っ二つにする。


「馬鹿な……っ!?」

「俺は決めてるんだ。今度こそ大切な人達を守るって」

「舐めるな! 小僧――」


 敵将が長刀を構えるよりも早く、俺の長剣が敵将の左腕を斬り落とした。

 大きな悲鳴と共に断裂部分を押さえる敵将の首を水平に斬った。


 斬られた首がゴトッと音を立てて地面に落ちる。

 その瞬間、残っていた少数の兵士達が悲鳴を上げた。


「た、助けてくれえ!!」

「俺はまだ死にたくねえ!!」


 そう叫びながら逃げ出す兵士達。

 俺はその光景に腹が立った。


 助けて? 死にたくない?

 ふざけるなよ。

 この戦いで一体どれだけの命が失われたと思ってるんだ。


 妖精族、野生の魔物達。

 元々はお前らが仕掛けてこなければ失われずに済んだんだぞ。


 それなのに、敵に背を向けて命乞いしながら逃げるのか?

 ふざけんな。


「お前らが始めた事だろうが。覚悟も無いのに戦場に出てくるな!」


 逃げ惑う兵士達を後ろから一突き。

 心臓部を貫かれた兵士達は次から次へと息絶える。


 戦闘開始前には三万ほどはいた兵士達の姿は既になく、立っていたのは俺一人だけだった。


 俺は長剣についた血を振るって落とし、鞘にしまった。

 

 こっちは片付いた。

 あとはジオのいる南側だけだ。


 俺は急いで南側に向かって行った。

 気付いたころには、曇っていた空がさらに曇り、雨が降り始めていた。






□■□■□






 エルフィリムを目印に、俺は南に向けて走っていた。

 先程まで弱かった雨も、今では本降りになっている。


 エルフィリムの南側には、これといって戦いに面した地形がない。

 だから森の中で戦う事になると思うんだけど、戦ってる気配が感じられない。

 もう南側のいい所まで来たと思うんだけど、もっと遠くで戦ってるのだろうか。


 そんな時、俺の目にあるモノが映る。


「……これ、なんでだよ……嘘だろ?」


 俺の目に映ったのは、地面に転がる人間の死体。

 

「なんでこんな所に人間がいるんだよ……」


 さらに、その人間達が着ているのは、俺が北で全滅させた聖王軍の兵士達が着ていた鎧そっくりだった。


「アンデッドじゃ……なかったのか? 聖王は、魔物だけを従えてるんじゃ、ないのかよ……?」


 冷静に考えてみたら、少しおかしな点がいくつかある。

 アンデッドには心臓がない。彼らを止めるには彼らを操る本体を倒さないと死なない魔物だ。

 それなのに、さっきの兵士達は本体を倒さなくても死んでいた。


 全員が仮面を被っていたから気が付かなかった。

 俺が一人で勝手に決めつけていただけだったのか。


 だとしたらなんで人間が聖王に味方するんだ?

 わからない。なんで。どうして――


――アル様――


 混乱しかけていた頭が一瞬で我に返る。

 

 そうだ。落ち着け。

 深呼吸をしろ。大丈夫、落ち着いてる。


 大丈夫、後悔はしてない。リヴェリアの頃だって、村を襲っていた野盗を斬ったりしただろ。今更人間を斬ったからってなんだ。

 決めたんだろ。今度こそは守るって。

 俺を支えてくれる人を、大切な人達を守るって。


 例えそれが非人道的でも勇者の道を外れていたとしても、俺は守ってみせる。

 

 だから今は、戦う。

 余計な事は考えずに、戦え。


 戦場に出てる時点で覚悟は決まってる。それは相手も同じだ。

 魔物だろうが人間だろうが敵なら斬る。

 それが俺の覚悟だ。

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