第四十二譚 歴史に消された禁忌の魔法


□――――エルフィリム:謁見の間






 エルフィリムにそびえ立つ大樹。

 その最上階にある謁見の間にて、現女王と側近達は戦いの祝杯を挙げていた。


「いやはや、一時はどうなる事かと思いましたが、エルフィリムが無事でよかったですわい」

「まったくです。これもフィオナ女王陛下の指揮のおかげでございますな!」


 側近達が大いに盛り上がっている中、女王の心内は晴れなかった。


 女王は違和感を感じていた。

 このまま終わりではないような、すぐそこまで脅威は迫ってきているのではないかと。


 そんな時、謁見の間の扉が勢いよく開かれる。

 扉の向こうから現れたのは、女王の愛する娘にして次代の女王であるアザレアだった。


「アザレア……? そんなに慌ててどうしたの……?」

「母様! 他の者達も聞いて!」


 真剣な表情で声を上げるアザレア。

 その表情に、その場に居る誰もが驚いた。


「まだ終わってないのよ! さっきまでのは囮で、今まさに本隊がここに向かってる!」


 女王を含め、側近達が驚愕の声を上げた。

 だが、その中にも「戯言を」と信じない者がいたが、アザレアの必死な表情に本当の事なのだと察した。


 アザレアは普段、これほどまでに感情を出さないのだ。

 兄の後ろに立ち、おとなしくしているのが彼女。そういうイメージしかなかったのだ。

 だからこそ、これほどまでに感情を露わにしたアザレアの言葉は、真実であると信じたのだ。


「馬鹿な……。そ、そうだ。逃げましょう。今度ばかりは無理ですぞ。迎え撃てるほどの戦力などどこにもない。だからここは兵達を盾にして我々だけでも――」

「……ッ! ざっけんじゃねえよ!!」


 その考えに同調しようとした側近たちは言葉を失った。

 アザレアの言葉に皆臆したのだ。


「いい加減にしろってんだよ!! アンタらがそんなんだからこういう事態になってんじゃねえのか!?」


 アザレアの豹変ぶりに、誰もが黙った。

 

「妖精だとか高位妖精だとか言ってる場合じゃねえんだよ!! こういう状況だからこそ、全員が力を合わせなきゃいけねえんだろ!?」

「し、しかし兵の代わりはいくらでもおります。我々には代わりなど――」


 そう言葉にした側近に近づいたアザレアは、拳を握っておもいっきり殴り飛ばした。


「なっ……!?」

「勘違いすんじゃねえよ!! 兵の代わりはいて、アンタらの代わりはいねえ!? むしろ逆だってんだ! アンタらみたいなクソの代わりはいくらでもいんだよ!!」

「あ、アザレア王女……」


 アザレアは、周りの者達に聞こえるよう大きな声で話を続ける。


「いいか!? もう既に本隊と戦ってる奴がいるんだよ!」


 側近たちがざわつき始める。

 その中で、女王もまた口を押さえてまさかの事態を想像した。


「アザレア……。ジオは……グラジオラスはどこ……?」

「母様。今戦っている奴こそ兄様だよ」

「グラジオラス王子が……!?」


 女王はその場に膝から崩れ落ちる。

 側近達も事の重大さがようやく理解できたらしく、青ざめた顔で固まった。


「……それともう一人。最近名を上げた“再誕の勇者”も一緒だ。二人、たった二人でこの国を護ろうと戦ってくれてんだぞ……!? アタシらが逃げてどうすんだよ……! 任せてどうすんだよ……!」

「……し、しかし――」

「頼む……頼むよ……! この国を護るのは兄様でも、人間でもない。アタシらだろ……?」


 アザレアの必死な姿に、側近たちは息を呑んだ。

 その中で一人。彼女に向かって言葉を発した。






□――――エルフィリム領:北の平原地帯【アルヴェリオside】






「う、うわああ!! ば、化け物だ!」


 背を向けて逃げようとする兵士もお構いなしに魔法を唱え続ける。


「何なのだ! あれは、あの魔法は!! 聞いていないぞあんな者がいるなど!!」


 敵将の一人が叫び声を上げる。


 まあ、そりゃあ驚くよな。

 俺だって驚いてるさ。


「同率第二位禁忌魔法だよ」


 俺は敵将の疑問に答えた。


「な、なんだそれは! 禁忌の魔法にそのような魔法があるなど聞いた事がないぞ!!」

「そりゃあそうだ。これは特別だからな」

「特別、だと……!?」

「お前らは『悪者アルファスラ』って伝説、知ってるか?」

「……あの大犯罪者か?」


 悪者アルファスラ。

 かつてとある王国の英雄となり、大犯罪者になった男。


 彼は目に映る全ての物に苦痛を与え、死に至らしめる魔法を使えたという。


「そうだ。アルファスラはとある大陸のとある辺境の村出身らしくてな」

「だ、だから何だと? 貴様の魔法と何が関係していると言うのだ!」


 彼の出生について詳しく書かれている書物は一切存在しないとジオは話していた。


 どこの大陸のどこの村出身なのか、どんな人物だったのかも謎。

 だから、多くの学者達はこの伝説が作り話だと口を揃えて言ったらしい。


 そもそも、どこの国にもアルファスラに関係した話など残っていないし、歴代の王が殺されたなんて記録もない。

 

 だけど、あったんだ。

 彼の出生について。どこの大陸のどこの村で生まれ、生きたのか。


 大図書館にあった本に記されていたんだ。


「アルファスラが使ったとされる魔法、なんか俺の魔法と似てると思わないか?」


 敵将は一瞬考える表情を見せたが、すぐに何かに気づいた様子で「まさか」と発する。


 彼が生まれたのは、西の大陸の辺境の村。

 現在では、トゥルニエル大陸と呼ばれている大陸。


「彼の本名は『アルファスラ・エンデミアン』。エンデミアン一族の族長――」


 トゥルニエル大陸の中央にある王都トゥルニカ。

 その王都より西のはずれ。人も寄り付かない辺境の地の小さな村で彼は生まれた。


「そして、俺の名は『アルヴェリオ・エンデミアン』。つまり、アルファスラは俺の先祖だ」


 本当に運命ってのはわからないもんだな。

 勇者の次は大犯罪者の子孫なんて。


「あの大犯罪者の……子孫だと……!?」

「因みに、この魔法は凶悪だからと歴史から消された幻の魔法――“幻術魔法”って言うらしいぜ」


 よほどアルファスラの伝説が浸透しているのか、敵将の二人までもが後ずさりをする。

 

「だから何だと言うのだ! 我々に恐怖の二文字はない! オーガスタス卿の仇め!!」


 ガタイが良く、威勢の良い敵将が兵を引き連れて突っ込んでくる。


「所詮は魔術に頼った非力な人間よ! 魔法を使われる前に貫けば問題はないのだ!」


 敵将は二又の槍を構え、もの凄い気迫で向かってくる。

 何の策も無しに、力任せで。


 そんなんじゃ俺は倒せないし、俺は生粋の魔法使いじゃないんだって。

 見かけでしか判断できない奴に将は務まらないんだよ。


「“苦――」

「遅い!!」


 刹那。

 俺の体が二又の槍で貫かれる。

 

「ガハハハッ!! たわい無い! 所詮は――」

「お前は一体何を刺してるんだ?」

「は……?」


 俺は敵将がいる位置から数十メートル離れたところに立っている。 

 奴が刺したのは聖王軍の兵士。

 つまり味方を刺したんだ。


「デ、デンホルム卿……なぜ……」

「な、なぜ私は味方を……確かにあの男を刺したは――」

「“苦痛ペイン”」


 威勢良い敵将は、自分が刺した兵士と共に地面に倒れ、二度と動かなかった。


「き、貴様……一体何を……」

「だから言ったろ。これは“幻術魔法”だって」


 別に、相手を苦痛で殺す事だけが幻術じゃない。

 幻術というのは、幻覚、幻影、なんでもござれ。


「さっきのは“幻影ミラージュ”。幻影を見せる魔法だ。まあ、簡単に言えば蜃気楼のようなもんだよ」

「もはや人知を超えている……化け物め……!」

「魔法が使える世界に人知なんてたかが知れてるんだよ」


 魔法を使える時点で人知を超えてるんだ。

 

 そして、幻術魔法はそれを遥かに超える。

 なんでもありの禁忌魔法ってことだ。

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