第三十九譚 呪術以外の可能性


「呪術の魔導書はっと……」


 大樹の四階東端に位置する大図書館。

 俺とジオはとある魔導書を探しにここまで足を運んだ。


 タイムリミットは明日の明朝。

 それまでに何としてでも手がかりを見つけ出さなくてはならない。


 大図書館に置いてある本の冊数はおよそ六万。

 その中から、呪術に関する魔導書を探す。


 どんな些細な事でも逃してはいけない。

 それっぽいのが書いてありそうな本を片っ端から手に取り、読み漁っていく。

 

 あれから数時間は経過しただろう。

 外はすっかり暗くなっていた。

 だが、そんな暗闇の中でも外で光る明かりが目立った。


 魔物達を退け、滅亡の危機を乗り越えたことによる喜びで、兵士達はどんちゃん騒ぎ。

 正直俺もそっちに混ざりたい。


「本当に呪術系の魔法なのかい?」

「ああ、たぶんそうなんだけど……まあ、魔導書が見つかれば違うかどうかもわかるだろ」

「だけど、呪術って一応禁忌の魔法なんだよね」

「……禁忌、ねえ」


 禁忌魔法。

 それは、危険すぎる為に使用を禁止された魔法の事だ。

 

 蘇生魔法。呪術魔法。その他にもいろいろと種類があるらしく、いつ、誰が決めたのかは定かではないらしいが、危険性などは十分に理解できるらしい。


 その中でも、二番目に危険だと言われているのが呪術魔法。

 相手を呪い殺したり、呪いで精神を破壊することも容易であるため、禁忌と定められたのだそうだ。

 今現在は、呪術魔法が扱える者はいないらしい。

 

「でも、それっぽいからなぁ」

「僕もそう思うんだけど、それ以外の可能性も否定できないと思うよ?」


 それ以外の可能性、か。

 ゴブリンが毒に侵されていたっていう可能性も考えた。

 でも、それとはまた別だった気がする。だって、あの死に方は普通じゃなかった。


「既に毒に侵されていたってのも考えた。でも、そんな死に方じゃなかったしな」

「違うよ。僕が言っているのは魔法の話。呪術魔法じゃないんじゃないかい?」


 ジオの問いかけに、俺は首を捻る。


「いやいや、呪術以外であんな死に方させられる魔法ってあるのか?」


 唯一俺が知っている禁忌魔法の一つでもある即死魔法でさえ、ああいう不気味な死に方はしない。

 あれは本当に一瞬で命が消える。

 かつて即死魔法をうけた兵士は、威勢よく叫んでいる最中にその気迫ある表情のまま死んだ。

 それほど一瞬の事なんだ。


 だけど、あの時のゴブリンはそうじゃなかった。

 苦しみながら死んでいったんだ。


「わからない。でも、探せばあると思うよ。なにしろ古代魔法だって、未だに全て見つかっている訳じゃないんだからね」

「じゃあ結局わからないんじゃねえか……」

「……いや、ちょっと待って」


 突然、何かを思い出したかのように走り出したジオは、『童話・神話』の本が置いてあるスペースに向かった。


「たしか、子供の頃に読んだ本の中に不思議な魔法の事が書かれていた気がするんだ」

「不思議な魔法?」

「うん。あっ! あった、これだ!」


 自分の背丈の五倍近い差がある本棚から、ジオは一冊の本を手に取った。


「アルヴェリオは知っているかい? 『悪者アルファスラ』って伝説」

「いや……聞いた事がないな」


 俺は『魔法光筒』に光を灯し、ジオが持ってきた本と共にテーブルの上に置いた。


「はるか昔、とある大陸のとある村にアルファスラって魔術師がいたらしくて、彼は不思議な魔法を使っていたらしいんだよ」

「また随分とざっくりな話だな」

「基本、神話や昔話ってこうじゃないかい? それで、彼はその魔法を使って国の英雄になるんだけど、最後は国王を殺し、追ってきた兵士達を皆殺しにして行方不明になったって話なんだけど」


 英雄から一転、大犯罪者……。

 どうにも今の俺と状況が似てるな。

 いや、正確には昔の俺と、なんだけど。


「そのアルファスラの魔法について書かれているページがあってね。ほら、ここ」


 ジオは分厚い本を流し読みし、あるページを指さす。

 俺はそこに書かれた一文を声に出して読んだ。


「んー……。“彼は目に映る全ての物に苦痛を与え、死に至らしめる。”……?」

「ほらね? 君の魔法と似てるだろう?」


 確かに“苦痛を与えて死に至らしめる”という点は似ている。

 ただ、目に映るもの全てというのに引っ掛かる。


 もし、目に映る物全てに苦痛を与えられるのなら、奥に居たゴブリンにも効果があったはず。でも、奥のゴブリンは平然と突っ立っていた。

 つまり、効果は得られなかったってわけだ。


「いや、違う気がする……」

「そうかい? 僕は似てるって思ったんだけどなあ」

「確かに似てるけど――なんだこれ?」


 俺は思わず声を上げた。


 そのページに、うっすらと残る文字の跡のようなものを見つけた俺は、目を凝らして見てみる。

 しかし、上手く見れない。


 俺は『魔法光筒』でそのページだけを透かして見る。


「おい……。これ……」

「アルヴェリオ? 一体どうし――これって……!」


 そこに浮かび上がる文字を見た俺達は、食い入るように文字を読んだ。






□■□■□






「そろそろ準備しようか」

「ああ、朝までもう時間がないしな」


 大図書館を後にした俺達は、誰にも見つからないように大樹から抜け出した。

 

 戦闘が終わったのに、こんな完全装備で出かけるのは怪しすぎるからな。

 誰かに見つかりでもしたら何が起こるかわからない。


「じゃあ、東の桟橋付近で落ち合おう。そこからは僕の魔法で向こう岸まで渡る。それでいいかい?」


 俺は首を縦に振り、了承の合図を取る。


「よし、それじゃあ――」

「あれ? グラジオラスにアルヴェリオじゃない。こんな夜更けにどうしたのよ?」


 俺達を呼ぶ声が背後から聞こえてくる。

 ゆっくりと振り返ると、そこにはアザレアが立っていた。

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