第三十八譚 嫌な予感

 フェアリーレイクの岸近くまで運んで貰った俺は、空を見上げながら声を出した。


「なあ、なんか空が怪しくないか?」

「空が、かい?」


 不思議そうに尋ねるジオ。

 俺はそれに答えるよう、手を空に掲げた。


「嵐になりそうじゃないか?」

「嵐かい? でも、風に何も変化がないからそれはないと思うよ」

「うーん……。なんだかなあ」


 先程まで晴れていた空も、今ではすっかり雲に覆われてしまっていた。


 この激戦の中、嵐が来るのはまずい。

 地面が雨によってぬかるむと、足腰に上手く力が入りにくくなったり、足を取られて思うように動けなくなったりもする。

 そうなると、踏み込んでの攻撃や、防御が難しくなる。


 魔法を使わない兵士だと、どうしてもそういった行動をとらなければならない時があるため、戦闘中の雨は天敵なんだ。


 この戦いもいつ終わりを迎えるかわからない。

 辺りを見渡しても、魔物達の数は数え切れないぐらい残っている。


 若干ではあるけど、妖精族が優勢しているように見えるから、このまま行けば魔物達を掃討できるはずだ。

 

 それより、気になった点が一つある。

 この騒動が聖王の起こしたものであるのは間違いないとしよう。

 だが、これほどの魔物を統率者無しで操れるだろうか。


 実力が未知数である聖王なら、こういう事も可能なのかもしれない。

 だが、野生の魔物達が大半なのにそんなことが可能なのか?


 誰かの下に付き従う魔物と、野生の魔物。

 これには見分け方が存在する。


 野生の魔物というのは、獣の様な動物に近い見た目をしているのが多く、自然の摂理に従って生きている魔物の事を言う。

 それとは違い、誰かの下に付き従う魔物というのは、オーク種やゴブリン種等といった人に近い姿をしているのが多く、首、四肢等の見える場所に枷をしているのだ。


 服従という意味なのだろうが、その枷で野生の魔物かそうでないかがわかる。


 ここにいる魔物達にはそういった枷が見られないし、獣型の魔物が多い。

 という事は、大半が野生という事になる。


 だとするならば、何か操る物が必要なんだ。

 それが統率者であるか、何か大きな装置なのかはわからないが、それさえ見つけてどうにかすればこの戦いは終わる。


 問題はどこにあるかなんだが……。


「ま、魔物達が退いていくぞ……!!」


 どこからか、そんな男の声が聞こえた。


 辺りを見渡すと、その男が言った通りに魔物達が森の中へ退いていく姿が目に入った。


「や、やった……! 俺達、やったんだ……!」


 男の言葉をきっかけに、各地から歓声の様な叫び声が聞こえてくる。


「終わったのかい……? そうか……よかった……!」


 ジオが安堵の表情を浮かべ、集中力を切らす。

 つまり、彼の魔法で浮かせられていた俺は落ちるわけだ。


「痛い!」

「あ、ああ、ごめん」


 背中に強烈な痛みが走る。

 石か何かの上に落とされたな……。


 まあいい。

 そんなことより、急にどうしたのだろうか。

 野生の魔物達が退いていく。もしかして誰かが操っている何かを破壊したのか?


 しかし、なんにせよありがたいな。

 少し呆気ない感じもするけど、戦いは終わったんだ。


 そう誰もが安堵したその時だった。


「何だって!?」


 ジオの叫び声が辺りに響く。


 彼の表情は、安堵から一転絶望へと変わっていた。


「どうかしたのか?」

「……大変なことになった」


 ジオは再び風魔法で俺と自分を浮かし、フェアリーレイクの上を急いで飛んだ。


「だから何が?」

「……これで終わりじゃないんだよ。聖王軍の本体が……こっちに向かっているらしい」

「……は?」


 聖王軍が攻めてきた?

 なんだよ、それは。


 さっきのは単なる囮で、本命はその本体だってことか?

 

「このままだと明日の早朝にはここに着くそうだよ……」

「明日……!?」


 やられた。

 聖王は、本体がいる事を悟られないように野生の魔物達まで操って大規模な攻撃を仕掛けたんだ。

 消耗した妖精族を簡単に消すために。


 俺が戦った魔王とは全然違う。

 こんな狡賢い戦い方を魔王はやらない。もっと大雑把だ。


 一体誰なんだ? 聖王お前は。

 勇者リヴェリアの名を使って何がしたいんだ……!


「兵たちは疲弊しきっている。こんな最悪な状態で本体と戦うのは無謀に等しい。だから、アルヴェリオ。頼みがあるんだけど、聞いてくれるかい?」

「そうだな……。不法入国の罪を消して、美人の妖精族を紹介してくれるなら考える」


 俺の答えに、ジオは声を出して笑った。


「わかった、善処しよう。……勿論、君が疲弊している事は百も承知だよ。でも、君に頼むしかないんだ」

「それは俺が“勇者”だからか?」

「それもあるけど、一番は――君が僕の親友に似ているからさ」


 そう言って、ジオははにかんだ。

 俺もそんなジオに釣られて頬を緩ます。


「なんだよそれ」

「本当さ! だからこそ、どんな逆境もなんとかしてくれると思ってしまってるんだ」

「わかったわかった。じゃあ、古い魔導書が置いてある場所に連れて行ってくれ」

「大図書館にかい? 別にあそこには特に面白い物はなかったはずだけど……」

 

 不思議そうに尋ねてくるジオに、俺は理由も話さずに「いいからいいから」とはぐらかした。


 呪術に関する書物。

 俺の職業に深くかかわりがありそうなその魔法の事を知ることが出来ればあるいは……。


 この状況を打破できるかもしれない可能性に賭けてみる価値はある。

 だって呪術系使えたら無敵じゃない?


「何か理由があるんだね。わかった。じゃあすぐに向かうよ」

「ああ、頼む」


 俺達は湖の上を飛びながら、大樹の中にある図書館を目指した。

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