第二十七譚 妖精族の王子と王女

「……え? え?」


 セレーネは「信じられない」と言いたそうな表情でこちらを見ている。


 俺の後ろからは商人たちのざわついた声が聞こえてくる。


「よし、行くか」

「行くか、じゃないです。何をしているのですか」

「アイキャンセイグッバイ」

「違います。投げた理由です。技名は聞いていません」


 俺はセレーネから目を逸らし、左斜め上を向く。


 仕方がなかったことなんだ。

 もし、あのまま放り投げていなければ確実にやられていた……。


 やっぱり最後は実力行使、それがこの世界の鉄則だとかつての仲間である女戦士ナファセロは言っていた。


 彼女は少しばかり脳が欠けて――阿呆だったから、あんまりあてにはならないが、この瞬間だけはその言葉が正しいと感じた。


「な……っ!? ふ、不法入国者だ! 不法入国者を見つけたぞ!」

「誰か! 応援を呼んでくるんだ!」


 橋の向こうで兵士達が騒ぎ始める。

 ここを突破しないと、炭鉱族の件はおろかエルフィリムの調査もできずに牢屋行きになってしまう。


 いや、ちょっと待てよ? これってもしかして、不法入国で捕まったとしても事情を話せば許してもらえたんじゃないか?

 という事は、だ。

 俺があの兵士を放り投げなければ大事にはならずに済んだのではないだろうか、と。


 おお、おお。冷静になって考えてみたら絶対手出しちゃダメだよな。


「ア、アル様……!? どうされるのですか……!? 続々と兵士が集まってきています……!」

「……ごめん!!」

「すでに手遅れです!」


 ああ、二度目の牢屋かぁ……。今度はいつ頃出してもらえるんだろうなぁ……。


 俺は両手を上げ、降伏の合図を兵士達に送る。

 セレーネも一瞬だけ驚いていたが、すぐに両手を上にあげた。


「な、なんだお前達……! 潔いな……!?」

「いや、我々を騙そうとしているのかもしれない……」


 俺達がもっと抵抗してくると思っていたのか、あまりにも潔い対応に兵士達は動揺しているようだ。


「私達は……一体どうなるのでしょうか……」


 不安そうにつぶやかれた言葉が俺の耳に届く。

 セレーネの言葉に俺は申し訳なく感じた。


 いっその事、セレーネだけでも逃がしてしまおうか。そんな考えが頭の中を過る。

 だが、そんなことをしてもこいつは動かないだろう。

 きっと自分も共に、とか言ってきそうだ。


 ならばもう答え一つ。


「とりあえず牢屋に――」

「何をしているんだい?」


 突如、背後から声を掛けられる。若い男の声だ。


 俺はゆっくりと後ろを振り返る。

 そこにいたのは、先日出会ったアザレアという女性と同じような服装をした妖精族の男だった。


「これは一体何の騒ぎ何だい?」


 男は爽やかな口調で橋の向こう側の兵士達に問いかける。

 しかし、誰もその問いに答えようとはせず、兵士達は目を丸くしてその男を見ていた。


 そんな時、男の後ろから走ってくる女性が俺の目に映った。


「ち、ちょっと……! 速いっての……!」


 肩にかかる金髪。緑を基調としたローブ。切れ長の目。

 どこかで見た事があるように感じた俺とは反対に、思い出したかのように「ああ!」と声を上げたのはセレーネ。


「一体何の騒ぎ……って、アンタあの時の!」

「アザレアさん、ですよね?」


 アザレアと呼ばれた女性は、一目散にセレーネ向かって走ってくる。


「あの時はごめんなさいね、急いでたものだからろくに謝りもせずに……」

「い、いえ、あの時の事は気にしていませんから」


 俺と目の前にいる妖精族の男以外は、全員口をポカンと開けて状況を理解できずに突っ立っている。

 なんでそんなに驚く必要があるんだか。ここ最近の妖精族ってのは驚くのが趣味なのか?


「お、王女様に王子様!! やっとお帰りになられたのですか!?」

「は?」


 俺は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。


「アザレアさんが……王女様……!?」

「ああ、えっと、一応ね」


 まさかこんなやつが王女だとは思わなかった。しかも、隣の男も王子って呼ばれてたな。

 しっかし、護衛も連れずに王子と王女が二人で何を……。


「勝手に城を抜け出して森に入られては困ります! 女王様にお叱りを受けるのは我々なのですよ!?」


 なるほど。つまり漁師の息子と遺跡探検しに行った挙句、女に惚れて帰って来ないパターンの王子様でしたか。種を返せキ〇ファ……!


「大丈夫、母様には僕から理由を説明するから。それで? 何の騒ぎだったんだい?」

「じ、実は不法入国者が現れたとの報告を受け、検問を行っていた際に丁度そこの二人が現れたもので……」

「つまり、彼等が不法入国者って言いたいのかい?」


 王子はにこやかに問いかける。

 だが、俺にはわかる。伝わっている。


 彼は、俺達に向かって微小の殺気を放っている。

 威圧とも言えるのか、少しでも変な行動をすれば殺るというような殺気が。


 こいつ、強いな……。


「はい、そいつらは手形を持っていないので……」

「じゃあ牢屋にでも入ってもらおうかな」


 その時、身体中に悪寒が走る。

 人間としての防衛本能が働いたのか、咄嗟に後方へ跳ぶ。


 先程まで俺が立っていた場所を見ると、そこの地面が、斬られたように鋭く削られていた。


「成る程、コレを避けるのか」

「……こいつ!」


 王子は今も尚にこやかに微笑む。

 その表情はどこか気味悪く、それがまた恐怖心を煽る。


「セレーネ! お前は離れてろ!」


 俺は地面に片手を付き、前屈みの姿勢をとる。

 この王子様は、多分まだ本気を出してない。何か試してるのか、それとも遊んでいるだけなのか。


 いずれにせよ、戦闘は避けられないみたいだからな。

 まだ自分の能力も把握してないのに、こんな強敵と戦うのは不本意だけど……まあ、やるしかないなら仕方ない。


「一つ言っておくけど、俺をそこらの雑魚と思ったら怪我じゃ済まないぞ?」

「へぇ、それは楽しみだね」


 俺達は互いに向き合い、戦闘態勢をとった。

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