第三譚 元勇者、地位は最底辺
「――なるほど。つまりそのリヴェリアって勇者は、魔王の地位を掻っ攫って自分が魔王になったと……」
「正確には“
「へえ……」
拝啓、かつての仲間たち。
俺は五十年後、最低な人間という位置づけをされています。助けてください。
シスターから話を聞いてみるに、どうやら五十年後の世界で俺は魔王になっているらしい。いや、俺じゃないんだけども。
人類の希望として勇者の使命を与えられたにも関わらず、魔王の座を奪い去り、自分が魔王として人類に仇名す存在となった。
それが“
だが待て。待ってほしい。
それは果たして俺なのか? 俺の名前を使った別人なんじゃないか?
実際、俺はこうして死んで転生したんだし。
しかもあんなに強かった魔王の座を奪えるわけがない。傷一つ付けられなかったんだからな。
「それって何年の事ですか?」
「統歴四○六年です」
俺が死んだ年と一緒だ。
でも、死体を操る魔法なんかなかったはずだぞ? ましてや、バラバラになった身体を元に戻す魔法なんかあり得ない。
普通のロープレでは当たり前な蘇生魔法。しかし、この世界にはそれがない。
蘇生道具はあるのだが、それも万能じゃない。
世界の果てにあるという大木、ユグドラシルから採れる“ユグドラシルの
そもそも、その話が伝わっているだけで、実際に蘇生道具を見たものは誰もいない。
だから、死んだ人間を生き返らせるのは事実上困難なんだ。
だとすると、魔王が俺の名前を使っているとしか考えられないんだが……魔王は俺の名前を使って何をしたいんだ?
わからない。わからないんだけど、一つだけ確かなことは、
「もの凄く腹立ちますね」
他人の名前使って悪さしやがって。
まったく、許せんな。
「はい。……ですが、それでも……私は……」
「何か言いました?」
「――いえ、何も言っていませんよ」
シスターは少しだけ哀しそうな顔をしながら、遠くを見つめた。
だがしかし、こうなると元の名前は使えないな。だからといって、勇者として転生する前の――元々の名前は使えないし。
だって、違和感しかなくて絶対に怪しまれる。
となると、選択肢は一つしかない訳なんだが……。
「あ~……。すみません。連れて行ってほしい場所があるんですけど」
「ええ。私でよければご案内しますよ」
まずは俺の存在を確認しないとな。
そのためにも行かなきゃいけない。追憶魔術所に。
「ところで、結局のところ貴方のお名前は?」
「案内してもらえれば、そのお礼として伝えます! ……お礼になるかはわかりませんけど」
無くなってないといいんだけどな……。
□■□■□
「着きましたよ」
街の中を歩き続けておよそ三十分。全面黒塗りの怪しげな館に辿り着いた。
このいかにも怪しい館こそが、“
「ありがとうございます。しっかし五十年経っても全く変わってないな……」
「はい?」
「……いや! なんでもないです」
俺が勇者として旅立つ前から、この追憶魔術所は存在していた。
この追憶魔術所では主に追憶魔術を使った商売をしている。
追憶魔術というのは、人の記憶はもちろん。物の記憶を見たり思い出させる魔法だ。その魔法を使って、記憶の呼び覚ましや記憶を視たりしている。
俺がここに来た理由はただ一つ。
この身体の記憶を視てもらうためだ。
そうすれば名前を知ることだってできるはずだし、今の俺の状況だってわかるかもしれない。
「でも、どうしてここに来たのですか?」
「色々と知りたい事がありまして」
ゆっくりと扉を開け、中に入る。
「あら、いらっしゃい」
中から声を掛けてきたのは全身を黒ローブで覆った女性。
受付らしきところで暇そうに雑誌を読んでいる。……きっとここも客来なくなったんだろうな。
俺が勇者だった頃は結構繁盛してたっぽかったのに。
俺は初めて時代の流れってものを感じた。
「とりあえず、そこのソファーに座って」
入り口近くのソファーに座る俺とシスター。
多分準備のためにここで待たせるんだろう。でも客を来てそうにないし、あんまり待たずに済みそうだな。
「どうせ客なんか来ないからそこで始めましょ」
予想外の展開だ。まさかここですぐに始めてもらえるなんて。
でも、なんか可哀想になってきたな……。客が来なくて自棄になってるんだろう。
だが安心していい。俺がこの場所宣伝しまくって客呼んでやるからな!
「ここでいいんですか?」
「だって怠いんだもの」
前言撤回。こいつ元々やる気がない。同情した自分が恥ずかしくなってきた。
「正直、客来るとめんどくさいのよね……」
「客の前でそれを言うか」
もう逆に宣伝してやろうかな。そっちの方がいい気がしてきた。
「とりあえず始めるから力抜いて」
俺の向かい側のソファーに座った女性は、怠そうに両手を俺に向ける。
「で? どんな記憶を知りたいの?」
「俺の記憶が知りたい」
女性は「わかった」と頷き、目を閉じる。
呪文を詠唱しているのか、ブツブツと何か言葉を発している。
詠唱が終わり、一呼吸置く。
そして目を開けると同時に、
「
その言葉を発した瞬間、女性の瞳が光輝く。
じっと、ただ俺を見つめ続ける。
だが、呪文を唱えてすぐ、女性は驚きの声を上げる。時間で言えば僅か数秒程度。
「嘘でしょ……? こんな事って……。でもまさか……」
明らかに動揺している。
シスターが声を掛けても「少し静かにして」と一喝。一体何を見たんだろうか。
「――ねえ。あなた、何者?」
「はい?」
何者とはこれいかに。
確かに身元不明ではあるけど、たぶんそういう事を言ってるんじゃない気がする。
「なんであなたには記憶が三つもあるの?」
「記憶が三つ?」
「ああ、ごめんなさい。言い方を間違えたわ」
女性は前のめりになりながら俺に指を向ける。
「どうして三人分の記憶があるのかって事」
「さ、三人分……?」
女性の言葉にシスターも驚きを隠せないようだ。
なるほど。便利なもんだな、追憶魔術ってのは。
転生前の記憶すら覗き見できるのか。
……ちょっと待て。となると俺の勇者時代の記憶も見られるって事だからつまりは……。
「あなた、“聖王リヴェリア・エアズ・レニヴァン”なの?」
「え……?」
彼女の言葉に、この場の空気が一瞬にして変わった。
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