第二譚 優しきシスター
「……*……**……」
声が聞こえる。
「**……***……」
「……***……**……**」
なんだなんだ。何の話をしてるんだ。
というか、なんで俺の目は開かないんだよ。体も上手く動かないし。
なんか体がだるいな。そういえば前にもこんな事あったっけ。
あれは確か……ああ、そうだ。雪山で遭難したときか……。
□■□■□
「――ってそれやばいやつ! ……あれ?」
飛び起きると、そこは見知らぬ建物の中だった。
辺りを見渡すと、本棚や聖者像にステンドグラスが目に映る。
ここは教会、か。なんでこんなとこにいるんだろう。確か王都にいて、それで……。
「よかった。気が付いたようですね」
左側の扉の方から若い女の声が聞こえてくる。
声の聞こえた方に目をやると、そこには修道服のような服を着た青髪の若い女性が立っていた。
くるぶし丈のゆったりしたローブに、首には銀色のロザリオを掛けている。
長く、真っ直ぐな空色の髪。シュッとした顔立ちに整った目鼻。優しげな瞳は彼女の髪色と同じように青く澄んでいる。
「市街地でいきなり気を失って倒れるなんて、一体どれほど過酷な旅を?」
「……え?」
……なるほど。確かに倒れたって事ならあのだるさとかも納得できる。
しかし驚きのあまり気絶するなんてらしくなかったな……。俺としたことが恥ずかしいな。
「ああ、いえ。言いたくないのならいいんです。それほど過酷な旅を思い出してしまうのはつらいでしょうし」
さっきから何言ってるんだろうこの娘。
確かに過酷な旅はしてきたよ、毎日が死と隣り合わせな魔王討伐の旅。
思い出すだけで気分悪くなるくらいの。
もしかしてこの服装が原因なのか。
まあ王都で貧相な恰好してればそう思われるのは妥当だしな。
実際、この“王都トゥルニカ”では貧相な恰好をした者は一切いない。
この国では奴隷制度を禁止していたり、給金だって働いたら働いた分だけ増えていく。難民だって快く受け入れ、保護してくれていたはずだ。
シスターの言い方からすると、五十年経った今でもこれらの行いは続いていると考えられる。
この事で、奴隷と貧乏人という選択肢は消える。
消去法から考えられるのは、俺が難民だと思われているって事だろう。
この体もやせ細っていたり傷跡が多いし、そう思われたんだろうな。
しかし色々と謎が多いな。この体の事といい、なんでこんな形で転生した事になってるのか……。
「あの、険しい顔をしてどうかしましたか? もしや……嫌な事を思い出させてしまいましたか?」
「……ああ、いえ。なんでもないですよ」
シスターが心配そうな顔で俺の事を見ている。
どうやら深く考えすぎてたみたいだな……。とりあえず今は考え事は後回しにしよう。
「そんな事より、もしかして貴方が手当てしてくれたんですか?」
「ええ。まことに僭越ながら私が行わせていただきました」
なぜか謙遜するシスター。
もしかしてまだ修行中だからなのか。いや、でも教会の人間ってそういうもんか。どちらにせよ、ありがたい。
たとえ相手がプロだろうが素人だろうが、感謝の気持ちを忘れてはいけない。なんせ見ず知らずの人間を手当てしてくれたんだからな。
「助かりました。ありがとうございます」
「いえ。それが私たちの使命ですから」
そう言うと、シスターが優しく微笑む。
一瞬。そう、一瞬だ。俺はその姿にかつての仲間の面影を感じた。
「キーラ……?」
「はい?」
かつて、この娘のように見ず知らずの俺を手当てしてくれた女性――キーラ。
僧侶の卵だったキーラは俺の最初の仲間だった。誰にでも優しく、この娘のように笑顔が素敵だった。
「……いえ。なんでもないんです」
俺はできる限りの笑顔で即座に対応する。
よく見たらどことなく面影があるような気もするけど、やっぱり似ていないな。キーラよりこの娘のほうが美人だし。
「では、食事にしましょうか」
突然、シスターは何かを閃いたかのように話し始める。
「元気の源は食事とも言います。それに……お腹、空いているのですよね?」
「そういえばさっきからお腹減りすぎて気持ち悪かったよう……な……?」
俺は瞬時に理解する。
驚きすぎて気絶したと思い込んでいた。それ以外考えられなかったからだ。
でも違う。これあれだ。空腹で気絶したやつだ。
よく考えるとそれって恥ずかしい事じゃないよな? 驚きのあまり気絶なんかよりずっと現実味あるからセーフなんじゃ……いや、でもしかしだな……。
「ああ、それと自己紹介がまだでしたね。私の名はセレーネ・ルビン・リリールニスです。よろしくお願いしますね」
俺が頭の中で葛藤していたのを他所に自己紹介を始めるシスター。
セレーネ、か。良い名前だ。
なんかもう名前から美しさがにじみ出てる。
「良い名前ですね」
「あ、いえ……ありがとうございます」
少し照れくさそうに頬を赤らめるシスターを見て、思わずドキッとしてしまった。
……そんな事は置いておいてだ。
これって転生前の名前言えばいいんだよな。だって俺この姿の名前知らないし、中身は転生前の勇者だったころの俺なんだし。
「えっと……俺の名前はリヴェリア。リヴェリア・エアズ・レニヴァン」
「はい?」
シスターは一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに笑い出した。
「ふふ、冗談はやめてください。本当の名前は何なのですか?」
「いや、これが本名なんですが」
やっぱり五十年前とはいえ、元勇者の名前だから信じるわけないよな。さて、どうするか。
そんな事を考えていた俺は、次の言葉にもっと頭を悩ませることになる。
「……もしかして私を騙したいのですか? しかし、騙すのにもその名前は今後使わない方がいいですよ?」
「……? どうしてですか?」
「人類を裏切った聖王の名など使わない方がいいですから」
その言葉を聞いた俺は硬直した。
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