君の瞳を思い出す

スミンズ

君の瞳を思い出す

 「うるさいわね!朝っぱらからなにやってるの!」母が2階にある俺の部屋へ勝手に入ってきた。俺は丁度テレビと面向かって両腕をぐっと広げていた。俺は1回DVDを停止した。


 「見ればわかるだろ、ビリーズブートキャンプ」


 「古!何で今さらやってんだよ!」


 「いいだろ!筋トレしたい気分なんだ。そしたら昔ビリーズブートキャンプ買ったなあって思い出してやってみたんだけど、しんどいねこれ」


 「いや、なぜ筋トレしたくなったのか知らないけど、それ昔お父さん、筋肉痛になって3日間立ち上がることも出来なくなった悪魔のDVDなのよ!」


 「親父がか弱いだけだろそれ」


 「ともかくうるさいんだ!やめなさい」


 「じゃあダンスレボリューションやる」


 「もっとやめろ。そんな動きたいなら外へいきなさい」


 「だって寒いし」


 「か弱いのはあんたもじゃないか!」ともかく止めろと言われたので、仕方なく俺はテレビの電源を切った。


 なぜ俺が筋肉をつけようと思い立ったか?それは単なる欲望。


 「なんか知らんけど滅茶彼女欲しい!」という、男ならちょくちょく起きうる発作的な欲望。突然のように髪型が気になりだし、たいして入念にしもしない歯磨きを10分以上かけてやってみたり、化粧水をジャバジャバかけて見たり。ともかくこの欲望は、表向き外から磨いていく欲望であるのだが、内面の小さい男にとっては、女子に告るという放射的なことは出来ないので、結局のところ心の中で蠢くじれったい欲であるのだ。


 結局、俺は悶々とした気持ちでぶらっと外へ出た。しゃれた服屋や靴屋などは通りすぎていく。そういう所に入って、「どんな服をお探しですか?」と言われるのは苦手なのである。だから、俺がいつも行く場所はそういう店員のいないところだ。


 「今日も混んでやがる……」ゲームセンターはいつも混んでいる。俺が小学生の頃はムシキングのブームでゲームセンターには子供が集っていたが、今は高校生……、要するに俺ら世代がマイマイや太鼓の達人で遊んでいる(要に俺らの世代がゲーセンが好きって訳なんだな)。


 俺は格ゲーのKキングOオブFファイターズをやりに来たのだが、今はひとつの筐体でいくつもの格ゲーが遊べるのが主流だ。ストリートファイターをやりにきたやつも結構いて、並ぶことになった。


 そして遂に自分の番が来た。モードは勿論オンライン対戦だった。


 だが敵が強すぎて、すぐ終わってしまった。俺は格ゲーが好きだがいかんせんセンスがない。


 しょんぼりしながら俺はゲーセンをあてもなく歩き回る。数年前までは基本料無料というゲームが流行ったが、今はお金を払って支給されるデータベースのカードを強化しつつ沢山コレクトしていくのが流行っている。実は強化するのにも金がかかったりする。


 そんな悪魔的なゲームは華麗にスルーしてUFOキャッチャーのコーナーへ潜り込む。俺はその中からなんか今にも取れそうなアザラシのぬいぐるみがあったので、それを取ってしまおうと思った。100円玉を投入して早速取ろうとしたら、案の定一発で取れた。店員に頼んでお持ち帰り用の袋を貰ったのだが、思った以上にでかくて、俺は少し不細工な格好で家に帰る羽目になった。



 「なあ、お前の部屋、前より狭くなったか?」次の日、友人の中村が家に来た。


 「ああ、アザラシのせいだな……」部屋のすみに追いやったアザラシを指差す。


 「100円でそれは良かったんじゃねえか?」


 「冷静になったらいらなすぎだろ!ビリーバンドと漫画とゲームしかない部屋に、いきなり可愛い系だぞ」


 「まあ、チョー浮いてるな」アザラシは、つぶらな瞳で俺らに微笑んでいる。


 「だがなんか知らんけど捨てる気にはなれないんだよなあ」


 「まあ、立派なぬいぐるみだからなあ。お前の部屋になきゃ」


 「一言余計だよ」俺はつーんとした顔で明後日の方を見る。「いや……、そうだな、逆にこのアザラシに部屋の基準を合わせるか……」


 「なにいってんだ、お前」



 そしてまた次の日、計画を実行に移そうとした。いらないゲームを厳選していったら実に20本近く出てきた。漫画も半年読んでないものは無慈悲に捨てることにした。すると漫画は半分が無くなった。それから、漫画とゲームは新しく買ったカラーボックスにつめ込み、アザラシは小さな絨毯の上に置いてやった。


 うむ、これでいいだろう。俺は両腕を上げた。そして叫んだ。


 「ビクトリー!」



 そんなかんなで冬休みは半分が過ぎていた。この辺りは東京よりも長く2週間あるので、あと1週間ということだ。俺はその日もあてもなく外へ出掛けた。するとたまにやって来る今川焼きの移動店舗があったので、餡入りをひとつ買った。ここの今川焼きは限界まで餡を詰め込むのに定評で、生地の間から餡がはみ出しているのはしょっちゅうである。道端で頬張っていたが案の定手を餡まみれにしてしまい、近所のコンビニの化粧室で手を洗った。


 取り敢えず手が綺麗になったので、俺はトイレを借りたら何か買ってあげる義理堅い性格なので、お茶を買って店を出た。なんか知らんけどおしぼりも入っていた。


 街はいつも以上に人がいると思ったら、今日は日曜だったと思い出す。ビルにくっついた画面からパチンコ屋の広告が空しく輝く平日とは違い、男女、女男の人々がワチャワチャしていた。平日は如何に人々が会社に押し込められているかがわかる。俺はのほほんとそんなことを思って歩いていた。すると向こうから中村が歩いてきた。


 「あ、海矢」中村が手を振ってきた。


 「こんな街のど真ん中で会うなんて腐れ縁だな」俺はそう冗談をとばすと、中村は笑った。


 「んじゃあ腐れ縁ってことで黙ってこれを受け取ってくれ」そう言うと、中村は紙袋に入った小さな何かを俺に押し付けてきた。仕方なく受け取る。


 「なにこれ」


 「あとでじっくりみてくれよ、ハハ」


 「……」俺がぼうっとしてると、彼はどこかへ消えていた。


 俺は大型商業施設へ入ると、早速隅っこでその袋を開けた。するとそこからは、マイクロSDカードが出てきた。


 「は?意味わからん」俺はそれをスマホに差し込むと、それには何枚か写真が入っていた。


 「?」そこには、いくつか俺の写真や学校のクラスメイトの写真があった。何でこんなものを寄越したんだろうと思いながら写真を捲っていく。そして、その一枚にあり得ない写真があった。俺は思わず手を止める


 「何だよこれ!」


 そこには去年、要するに1年生の時に死んだはずの大波恵美が、俺と腕を組ながらピースしている写真があった。その写真にまず覚えがない……、というかまず俺は大波恵美とそんな仲良かった訳ではない。それなのに写真のなかの二人はもう心から笑顔というか、俺なんてなんかキモい顔してるんですけど……。じゃなくて、なんなんだ、この写真は!


 俺は取り敢えずデータを開く。すると、そこにはゾッとすることがかかれていた。


 撮られた日付が、なんと今日付けであったのだ。



 家に帰り、俺はもう一度その写真を見る。さっきは驚きで一杯だったが、入念に調べていくと、更に不可思議なものが写っていた。まず二人が腕を組んでいた場所。それはなんとあの今川焼きの移動店舗の所だったのだ。そして、大波恵美が持っていた手提げ鞄にはアザラシのキーホルダーがついていた。恐る恐るこの前取ったアザラシのぬいぐるみを見ると、なんとそれは瓜二つだった。それだけでも恐ろしいが、更に驚くのは、何故か俺がビリーバンドを手にぶら下げていることだ。謎シチュエーション過ぎるというか、なんというか。あと大波恵美の唇にはちょこっと餡がついていた。俺はなんか凄い発見をしたような気がした。


 アザラシ専用絨毯に行くと、俺はバックからおしぼりとお茶を取り出す。それから今川焼きの入っていた紙袋、それからスマホに入れていたSDカードもそこに置く。それにビリーバンドも置いて、アザラシの目を見つめてみる。すると、唐突に物凄い眠気が俺を襲った。


 「……海矢、海矢!」そんな声で俺は目を覚ました。すると視界にまず入ってきたのは、アザラシの目だった。いや、その目はよく見ると人間のものだった。その下には、白い鼻と薄い唇と、あれ、この人は…。


 「うわ、出た!」俺はハッとした。そいつは大波恵美だったのだ。


 「出た!って何、人をお化けみたいに」大波はすねたようにそう言った。確かに、とてもお化けのようには見えなかった。だが、なぜ大波が私服で、俺の部屋にいるんだ。第一……。


 「なんで、生きてるんだ」俺はそう呟いた。


 「え?」大波は不機嫌な顔をした。


 「だって大波は死んだじゃないか。車に跳ねられて、もう、ぼろぼろだった」そりゃそうだ。俺が事故を目撃したんだから。俺が必死に手当てをしようとして、救急車もよんだけど、駄目だったじゃないか。あの出来事を思い出すと、今でも苦しくなるぐらい、嫌な出来事だったのに!


 「そうね。ぼろぼろだった。だけど、海矢が助けてくれたじゃん。そうでしょ?」


 違う。展開が違う。俺は結局助けられなかったんだ。俺は救急車に乗って、病院まで見舞ってやったけど、その日のうちに彼女の顔には顔かけが被された。


 そう思うのに、何故か記憶が歪んでいく。徐々に安定していく心拍数。そして徐々に赤みを帯びていった顔。そして、目を開けて、ゆっくりと笑いながら「海矢君が、助けてくれたんだね」と呟く彼女。そんな全く違うシナリオが頭のなかを駆け巡る。


 変わった記憶はそれだけじゃない。修学旅行はまだドクターストップで行けなかった彼女のために、沢山のお土産を買った記憶。一緒に今川焼きを食べた記憶。彼女は唇に餡をつけてて、俺がおしぼりで拭ってやった。ああ、あの写真のことだ。あれは偶然やって来た中村に撮ってもらったものだ。KOFで大波をフルボッコにして、少し気まずくなった記憶。


 俺は静かに息をついた。そう言えば彼女はアザラシとビリー隊長が好きだったという、謎の知識まで頭にこびりつく。彼女に認められるよう、必死にビリーズブートキャンプをやったこと、そしてお出掛けの際にビリーバンドを持っていき、大波に苦笑いされたこと。アザラシのキーホルダーをプレゼントして、ハグされたこと。


 ………。


 俺は静かに彼女に微笑んだ。


 「ごめん。長い悪夢を見てたようだ」


 俺は、慣れた手つきで、静かに恵美の手を握った。

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