●6月20日(水)午後9時

「え? いない、そうですか……、あ、いやちょっと携帯がつながらなくて、いえいえ、へー、あ、そうなんですか。あ、ちょっとまた待ってみますんで。ええ、お騒がせしてすみません、週末は本当、どうぞよろしくお願いしますぅ……」


 身を縮こませるような一礼をして、私は電話を切る。


 なにやってんのよ、と室内に響き渡るような声を、気持ちを落ち着かせようとするためにわざと発する。そうでもしないと、内側から無理やりに張っている気のようなものが、不安によって押し折られそうだから。でも、しんとした部屋中に反響して、かえってびびる。


 彼と連絡が取れなくなってから、今日で丸二日。出張に行くなんてこと聞いても無いし、大きな荷物を持って出たという記憶も無い。二人で兼用しているスーツケースも、未だ整理のついていないリビングのソファと壁との隙間に転がされている。急な出事があったとしても、何らかの連絡はしてくるはずだ。いつもはどうでもいいカエルの絵文字をひとつ覚えのように最寄り駅から送ってくるくせに。


 婚約者の失踪。ひと昔前の刑事ドラマにありそうなシチュエーションも、いざ我が身に降りかかってみると、やだ古臭いとか笑い飛ばすことなんて出来やしない。


 携帯をソファに放り投げ、先週から一緒にここに住んでいる、まだ家具も家電も新品のものしか配置されていない殺風景なマンションの一室を見渡す。引っ越しはすっぱりと終わったわけでなく、今月末までは、お互いのアパートはまだ借りたまま、休日ごとに車で家具等の荷物を運びこむといった、業者を利用せずに引っ越し費用をケチるといった策を採用したために、室内はまばらで何となく落ち着かない風景を醸し出している。


 物無い上に、ひとりだと物寂しさハンパないわ、とこれまた押し寄せて来る感情をはぐらかすかのように心の中で呟くと、あーもうあーもう、とキッチンとリビングをスリッパをぱたぱたさせながら行ったり来たりすることくらいしか出来ない。


 最悪のことなんか考えまい、と、ソファにしなだれかかり、二人で撮ったプリクラが貼られた携帯の裏側をじっと見る。よーしよーし、いいこと楽しいことだけを考えよう、と私は半年くらい前のプロポーズの顛末を逐一思い出すことによって、心の平穏を取り戻そうとすることにする。


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