とある青年との対話記録

宇曽井 誠

ボイスレコーダーの記録

(録音機をつける音)


 ……もう話しても大丈夫ですか。

 はい、ありがとうございます。


(深呼吸の音)


 ジャックと出会ったのは、四月の初めの頃でした。ジャック、というのは愛称に過ぎず、彼女の本名は未だに分かりません。日本人顔でしたが、なぜ外国の名前だったのかも私には分かりません。歳は四つと聞きましたが、少し大人びていました。背は低くて、日本人形のような子でした。

 ジャックは天神研究所に神代 統一郎さんと共に住んでいました。神代さんは五十頃の男性で、白衣とサンタクロースのようなヒゲが印象に残る人でした。優しい声でジャックと話していたのを聞いた事がありましたが、ジャックの父ではないそうです。研究所には他にも人がいましたが、住んでいるのはこの二人だけでした。

 私の仕事は、ジャックを見守る事でした。アルバイトの求人欄を見た時から吊り合わない給料だとは思っていましたが、私には両親が残した借金がありますので、深く考えずに受け、働く事になったのです。面接の時にはジャックもその場にいて、何度も私に質問してきた事を覚えています。質問と言っても無邪気なものですよ。私の名前から始まって、年齢は、とか、好きな食べ物は、とか……ああ、そういえば。一つだけ変わった質問をされました。人を殺した事はあるか、って。勿論ありませんからそう答えましたよ。その後、面接官の方にいくつか質問され、ああ、こちらも何気ないものでした。志望理由は、だとかの、ごく普通の質問です。それで、私は天神研究所で働く事になりました。週五日、午前九時から午後三時まで。

 ジャックは元気な子でした。いつも研究所内を走り回っていて、私の仕事の大半は彼女とのかくれんぼになってました。見つけても見つけても彼女は逃げてしまうんです。そうして、十二時頃になったら自分から出て来て、ご飯だ、と神代さんのところに行って……午後からもまたかくれんぼ。毎日、毎日、他にも人形や絵本なんかのオモチャはあったのに、彼女がそれらで遊んでいたのは数える程しかありませんでした。今考えると奇妙、いえ、不気味ですね。

 大変な研究とかでかくれんぼできるような部屋に入れない時は、彼女の部屋でお話をしました。大概は私が質問をされるだけでしたけど、たまに、ジャックも自分自身の事を話してて。年齢とか、好きな食べ物とか、好きな人の事とか。好きな人と言っても恋愛対象ではなく、大切な人、という方が近かったですね。それで、この時にも誰かを殺した事はあるか、と執拗に聞いてきました。あとたまに、母親とは何か、というような事も。そういえば、研究所には女性の方はいらっしゃらないようでした。殆どが男性、しかも若い人達で。神代さん以外、皆さん三十代か四十代か、って感じでしたね。あと、猟奇殺人事件に関する本が異様に多くありましたね……ジャックも、そういう事に妙に詳しかったです。いや、妙ではないかもしれませんね。そんな場所にいたら、誰だって詳しくなりそうです。

 …………はい、そうですね。そろそろ、本題に入りましょう。


(液体を飲む音)


 ……私が知ったのは八月の二十八日だった筈です。研究所に着きジャックに会った時、彼女は新聞を見ていました。古いものでした。何を読んでるの、と聞くと、お母さん、と彼女は答えて、四年前の、連続殺人事件の記事を指差しました。ほら、あれです。深夜に水商売の方や売春の疑いのあった女子高生が殺された、えっと……現代に蘇った切り裂きジャック、だとか言われた事件です。犯人は発見されないまま、警察は臓器目的の何だかだ、って言った…………はい、それです、それです。ジャックは、最後の被害者から取り出された赤子は自分だ、というような事を言いました。確かに、その事件の最後の被害者、三吉 ゆきえさんは帝王切開のように腹を裂かれた状態で発見されていますし、同じ職場の方の証言によれば、彼女は妊娠して、ちょうど十ヶ月でした。仕事はその数ヶ月前からやめていたそうで、だから、恋人との子どもなのだろう、という証言があったのを覚えています。それがジャックなのだそうです。信じられませんでしたが、神代さんも肯定していました。ジャックは、悲劇の赤子なのだと。そして、話してくださりました。天神研究所は花籠研究所というところに対抗する為にとある裏社会の偉い人が作ったとか、ジャックは将来その人の為に働くのだとか……細かい事は忘れましたが、大まかにそんな事を言っていた筈です。私のバイトの理由は、彼女の天性の才能を開花させ、成長させる為……かくれんぼは、その為の訓練だったそうです。それで、まぁ、お決まりのように、私を殺そうとして。結果はこの通りですが。

 要は、私の殺人は正当防衛なのです。誰だって、生きたいですからね。


(笑い声)


 ……ところで、失礼かもしれませんが質問しても良いでしょうか。

 あなたは警察の方じゃありませんよね。誰で


(発砲音)






(録音機を止める音)

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