第2話 日常2
校内最果ての地、資料室に僕たちは辿り着いた。
扉を開けると雑多な空間が広がってる。
部屋には本や地図などの資料が、大量に収められているのだ。
とは言っても、棚の数が少ないため空いているスペースがあれば、どこにでも置くようになっていた。
貴重そうな年代物の本も地べたに、そのまま放置されている。
何とも申し訳ない気持ちになるが、どうしようもない。
そして、未だ図書館に入りきらなくなった本などが、今も資料室に運び続けられている。
本の海となってしまうのも時間の問題だ。
資料室には既に2人の部員が居た。
「お疲れ様でーす!」
「あら、来たのね。愛紀さん」
僕たちが部室に入るなり声をかけてきたのは、三年の夏木 柚木(なつき ゆき)。
彼女は手元の文庫本から視線を僕たちへ移した。
艶のある長い黒髪や背筋の伸びた、しなやかな身体つきは深窓の令嬢という言葉が似合う。
「先輩、僕も居ますよ?」
「私は落ちているゴミに話しかけるほど、酔狂ではないのよ」
ゴミって・・・。
「ゴミから、部活に来なかった何かしらの弁明はあるのかしら」
「ユウトは、単純にサボっていただけのようです!」
愛紀は高らかと報告する。
ゲシュタポめ・・・。
「ゴミはどこまでいってもゴミね」
先輩は手にした文庫本に視線を戻す。
「弁明の余地はございません!申し訳ございませんでした!」
僕は高らかに飛翔し、空中で全力謝罪の姿勢を取り地面へと落ちた。
最高の誠意を込めた謝罪、土下座である。
「そんなものは、なんの償いにもならないわよ」
「如何がすれば、許していただけるのでしょうか」
足をスッと差し出す先輩。
「あの…これは…?」
「人によってはご褒美になるらしいわよ」
「いや、ご褒美になるかどうかを聞いているわけではなくてですね」
「あなたは私の後輩よね?」
「はい。私にとって偉大な先輩となります」
「その偉大なる先輩を待たせたことへの謝罪は、より深い忠誠を誓うことで帳消しになると思うの」
「その…つまり…?」
「靴を舐めなさい」
舐めるなら皮素材が良いな…じゃなくて!
「あの…」
「なに?私はいつまでも犬に餌をあげるほど優しくはないわよ」
彼女の中の僕の認識を問いただす機会が必要なようだ。
「聞き分けのない駄犬は、去勢するわよ」
「それだけは勘弁を…」
「道は一つね」
僕は浮いた前足を地面へと下ろし、遠いご先祖様と同じ格好になる。
つまり、四つん這いの姿である。
「ちょっとユウト…」
愛紀との心の距離が限りなく遠くなったようだ。
「ほら早くしなさい」
我がご主人様は、周りの目など気にせずに足をブラブラと揺らす。
靴へと顔を近づけていく僕。
あれ?なんだか気持ちよくなってきた?心なしか頭がボーっとしてくる。
「なわけ、あるかー!!」
僕は勢いよく立ち上がった!
一時の快感ではなく尊厳を選んだ僕は、まだ人間であったらしい。
さようなら、内なるパトスよ…。
「うるさーい!」
これまで沈黙を保っていた、もう一人の部員が声を上げた。
彼女は2年の秋音 波瑠(あきね はる)。
栗色のショートカットで、身長は低い。
遠目から見れば、the守りたくなる女の子という風貌だ。
だが、それは遠目から見た印象で、実際の彼女は違う。
彼女と接すると弱々しさは感じず、逆に溌溂とした印象を持つ。
何事もハッキリさせる、その言動がそう思わせるのだろう。
「あんたらね、イチャイチャするなら、何処か他所でしてくれない?!」
「イチャイチャ?!これが?!」
僕は思わず反応する。
「そうよ。犬如きと戯れているのがあなたの言うイチャイチャなのであれば、頭が狂いそうになるくらいお盛んな世の中になってしまうわ」
柚木さんの言葉に僕は少し引っかかったが、一応同意してくれているとし、聞き流すことにした。
「こっちは真面目に活動しているの!」
「え?私も真面目に活動しているんだけれど…」
柚木さんはキョトンとした顔をする。
「あんたは、ただ本を読んでいるじだけゃない!」
柚木さんは、手元の文庫本を少し眺める。
「え?あなたも本を読んでいるじゃない」
「私のは地域史書!あなたのはただ小説!」
「個人の歴史という意味では、私も間違ってはいないわね」
うんうん、と柚木さんは自分の言葉に頷く。
波瑠の額に青筋がうっすらと浮き出る。
そして、二人はワーワーと言い合いを始めた。
とは言っても、波瑠がギャーギャー騒ぎ、それを柚木さんが軽くいなす。
いつもの活動風景に溜息を吐いてしまう。
僕の所属する部活は、「地域史研究部」だ。略して地研。
名前の通り、地域の歴史を探し、集め、編纂する部活である。
活動の発表は、学校祭での展示やお手製冊子の配布などだ。
そこでカンパを募り、来年度の活動へと生かす。
というのは建前で、こうして放課後に集まり自由気ままに過ごすのが主な活動となっている。
そして、学校祭前の時期になるとドタバタと走り回り、
資料や情報をかき集める。
突貫作業も突貫作業。
中身なんて無いにも等しい代物の出来上がりだ。
というように名前はお堅いが、その実かなり緩い部活だ。
この部活の部員は全部で5人居る。
つまり、この場には居ないが、もう一人居るわけだ。
と、考えていると部室の扉が控えめに開いた。
そこから小柄、というよりも線の細い女の子が入ってくる。
「先輩方、今日も元気ですね」
騒ぐ二人に冷ややかな目を向ける彼女は、冬真 凛(とうま りん)。
僕の一歳年下で、高校一年生。つまりは、後輩である。
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