第42話証拠探し

「これも、藍のおかげだね、藍がいなかったらここまでわからなかったよ」


ここまでわかったのは藍が協力してくれたおかげだろう。藍がいなかったら凶器の特定やはっきりとした傷の形状がわからなかった。雫は改めて霊体である今の身体では限界があると思い知った。


「いや、たいしたことはしてないぞ」


素直に礼を言われ、藍は照れくさそうに笑った。そんな藍を雫はくすりと頬を緩ませる。


「藍、かわいいね」


「え、何だ突然」


脈絡ない世辞に藍は目を丸くする。藍は一般の女子高生よりも顔立ちが幼い。低身長で手足が短く、目線を下げなくては目を合わせることができない。だからこそ、笑うと丸顔の頬がよりふっくらし、より幼く見えてしまう。


「悪いとは思ってるんだよ?本当に」


雫は小さく呟きながらちらりと玖月を見る。

自覚はある。自分のために動いてくれている雫を騙すような形で巻き込んでいるということを。プロの殺し屋の家に無断で侵入するということが一般人にとってどれほど危険であるかということを。


雫は殺し屋として薄情な面もあるが、良識的な面も確かにある。学校で藍と行動を共にしているのは何の思惑も全くなく、ただ単に言葉を交わし合うのは楽しいと思っているからだった。だからこそ、藍の照れくさそうに笑う姿を微笑ましくもあり巻き込んでいることに対しての申し訳なさもあった。


「………………」


玖月はその視線を沈黙をもって返す。玖月は藍が巻き込まれている件について特に強くは言及するつもりはなかった。あくまで玖月の優先事項は雫の死についての追及。雫の冷血とも取れる思惑があるにしろ、合理的に判断すれば藍の協力が必要不可欠なのは明白。だからとって雫の酷薄な思考を肯定する気にもなれず、玖月は沈黙するしかなかった。


「行動を次に移すべきではないですか?いつ誰がこの部屋に入ってくるのかわかりませんし」


玖月は腕組みをしながら掛け時計に目をやる。この部屋に入ってだいたい15分ほど経つ。

まだ、15分。しかし、もう15分とも言える。


いつ部屋で睡眠を取っている吹雪と出雲が起床するかもしれないし、いつ砂霧が毒の研究を切り上げて廊下にでるのかもわからない。合間合間に間を開けるのは得策ではない。


「まぁね、じゃあ次は………」


雫は血で濡れた制服に視線を動かす。


「藍、携帯で写真撮ってくれる?後から気づくこともあるかもしれない。防音対策してあるからシャッター音が出ても気にしないでいいから」


遺体や血で濡れた制服はおそらく今日中に処分される。もう目にすることはないだろう。目に焼き付けた自覚はあるが、記憶というものは時間とともに褪せるもの。記憶というあやふやなものに頼るより形に残るカメラに頼ったほうがいいし、後々役に立つことだってある。


「わかった」


藍はスポーツバックからスマホを取り出し死体や制服の箇所を角度を変え、時には拡大しながら撮っていった。数枚撮り終えると最後に部屋の写真を一枚撮った。


「写真の後は軽く私の部屋を調べよう。引き出しとか開けて………って言っても私にはできないけどね」


「いいのか?」


「うん、どうせもう関係ないしね。私がここ調べてって指差すから」


「わかった」


藍は雫が指を指した棚や引き出しを次々と開けていった。


「何か変わったものとかあるか?何かなくなってるとか」


「いや………特にないかな」


雫の部屋が全体的に物が少ないのと同じように収納の中身の私物も必要最低限のものしか入っていなかった。物が少なくすっきりとしているため私物が移動されたのか、何かなくなっているのかわかりやすく確認できる。


「じゃあ、これで最後だな」


藍は部屋の隅に置かれたデスク下の一番上の引き出しを開けた。


「あれ?」


引き出しを開けた時、藍はあるものに注目した。それは度が入ったやぼったい黒縁眼鏡。初めて見るもので雫が掛けたところを見たことがなかった。


「雫ってコンタクトをしているのか?」


「あぁ、それ私のじゃないんだ」


「そうなのか?」


藍は眼鏡をそっと指先で持ち上げる。確かに雫が掛けるにはサイズが大きく合っていない気がする。


「別に私が持ってる必要ないんだけど、なんとなくね」


藍は苦笑いを浮かべる雫に首をかしげるがそれ以上追及しようとは思わず、そっと眼鏡を元の場所戻した。


「じゃあ、次はどうするんだ?」


死体を調べた。当時着用していた制服を調べた。部屋を調べた。

藍は雫の次の言葉を待つ。


「出よう」


雫はベランダを指差す。ここを出る。つまり、脱出だ。


「へ?」


藍は思わず、拍子抜けの声を出す。


「だから、ここを出よう。もう、だいたいわかったし」


「出るってもう調べなくてもいいのか?他の部屋は調べなくてもいいのか?」


「いいよ。廊下に出た途端ばっちり鉢合わせの可能性だってあるし」


防音対策が備わっているこの部屋に留まっている内はまだいい。危険も少なく、すぐ脱出すれば兄弟と鉢合わせすることもない。


しかし、藍は動こうとしなかった。


「でも雫、ここに来た目的ってたしか家族が犯人じゃない証拠集めだったよな。この部屋だけを調べるだけでその証明はできたのか?むしろ、家族の部屋を重点的に調べるべきじゃないのか?」


五月雨家に忍び込んだ一番の名目は犯人ではない証拠探し。現時点では判明したのは殺され方だけであり、その証拠は一つも集めていない。だからこそ、藍は次の行動に移す意思を見せ始める。

まだ、脱出するべきだはないと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る