第11話吹雪の部屋

「もうわかっていると思うけど一応言っとくね。吹雪くんはオネエなんだ」


「でしょうね」


「私と同じ高校に通ってて生徒会副会長をしている高3だよ」


「高3?たしか砂霧さんも高3でしたよね?二人は双子なんですか?」


「ううん、双子じゃなくて二人は年子。だから、姉さんの誕生日が4月末で吹雪くんが2月半ば」


「珍しいですね」


「うん、年子っていう設定」


「設定?」


「あ………とりあえず、部屋を調べよう」


「ええ」


二人はすでに吹雪の部屋にいた。


「ほとんどが吹雪くんの手作りなんだ。『DIY』ってやつ」


雫はインテリアや収納を目で指しながら説明する。


「器用ですね」


吹雪の部屋はいわゆるおしゃれなアレンジ部屋だった。壁面には帽子や洋服を掛けるために活用している黒いワイヤーネットや突っ張り棒をアレンジした棚に空瓶に入ったフェイクグリーンが置かれているのが目に付く。窓際には木材を利用した腰まである高さの棚に小物や数冊の本が置かれている。他にも壁に取り付けられているナチュラル色のカウンターに白のキャビネットが組み合わさったキャビネットデスクに二つのカラーボックスの上に天板を乗せ、真ん中に鏡を置いたドレッサーなど目についたインテリアや収納は見事に工夫し、アレンジされたものだった。


「吹雪くん、手先が器用だから色んなものを作れるんだよ。改造銃とか爆弾とかアブない玩具とか」


「武器づくりが特技ですか?ではそれらで雫さんを襲撃した可能性は?」


玖月は雫のそばから離れ、工夫を施されたインテリアや雑貨を見て回っている。


「どうだろう。そんな武器あったっけ?」


雫は軽く唸って見せた。


「少し気になっていたのですが、僕が彼への疑いの発言をしたとき微妙にはぐらかしていませんか?」


「はぐらかす?」


またしても玖月の予想外の発言に雫は思わず聞き返す。


「状況的にも見てこの部屋の主である吹雪さんが雫さんを襲撃した可能性が高いです。それなのに雫さんはどこか疑いの矛先を逸らすように曖昧な言動を取っているように見えます」


「そう見える?」


「はい。先に部屋に訪れた二人の時のような明確さがありません」


砂霧や霞のときは犯人ではない証拠や根拠が明確にあった。霞のほうはまだ完全な白だとは断言できないが、それでも根拠は理解できるものだった。しかし、雫は吹雪の話題が出たとき曖昧に言葉を濁すだけだった。


「はぐらかしていたつもりはなかったけど。やっぱり、無意識的に犯人であってほしくないって思ってたのかも。吹雪くんは兄弟の中で一番仲が良かったから」


雫はドレッサーの前に移動した。ドレッサーの上には数種類の化粧水が散らばっている。化粧水や種類や量から見て吹雪の美容への意識の高さが窺える。


「よく貸してくれたしね」


雫は鏡の前に置かれている桃色のポーチからはみ出しているウェットシートや日焼け止めクリームを目にしながら言った。


「私、ずっと考えてたんだ。たしかに吹雪くんは状況的にあやしいけど私を殺す理由も動機もないと思う」


雫が吹雪の話題を口にするとき淡々としていた砂霧とは違い、親しみがこもっているように話す。そこから普段の二人の関係性を察することができる。


「仲が良いと思っていたのは雫さんだけだったのかもしれませんよ」


「それを言われちゃ、おしまいなんだけどさ」


雫は玖月の客観的な意見に苦笑いを浮かべた。


「もし、狙うんだったら私じゃなくてむしろ………」


雫は考え込むように視線を逸らす。


「砂霧姉さんのほうだと思う。さっきの光景見てればわかると思うけど二人、仲がすごく悪いんだ」


雫の遺体の前で小刻みに震えていた(嘘泣き)砂霧を吹雪は冷めた視線を送っていた。おそらく、雫のことを嫌っていたのを知っていたのだろう。


「なんとなく、双方嫌い合っているのは察しましたけど。でも、殺すほどにですか?」


「一応、今までり合ってるところは見てないけどいつそうなってもおかしくなかったかな。特に吹雪くんが姉さんの性格を嫌ってて」


雫は記憶を振り返るように、虚空を見つめる。


「性格はまったく似てないけど、己を抑圧しているっていう点は同じなんだよね」


虚空を見つめていた視線を玖月に移した。


「つまり、吹雪というお兄さんが犯人であってほしくないんですね」


「かいつまんで言うとそうなるかな」


「それだけの理由では納得はできません」


「だよね」


雫は軽く肩をすくめる。


「しかし、部屋を見て回りましたが特に不審なものはありませんね」


何度も部屋を見渡しても目にとまるような不可解な箇所はどこにもない。それどころか、霞の部屋にある大量の武器もなければ砂霧の部屋にあるビンのような暗殺に使うために仕込んでいる道具もない。一見すると、化粧用品が多い小洒落たアレンジ部屋だった。


「武器だって見当たらない」


「そりゃそうだよ。友達呼ぶから目立つところに置くわけないよ。器用だから、色んなところに隠しているはずだよ。ベッドのマットレスの中とか壁に設置した隠し棚の中とか」


「呼ぶんですか?部屋に人を。いえ、家に人を」


「うん、吹雪くん友達多いから」


「いえ、僕が言いたいのは」


「殺し屋の家に一般人を招き入れていいのかって?正体がバレるかもしれないって?」


雫が玖月の意図を汲み取るかのように話すと玖月は小さく頷いた。この家をひっくり返せば、現在進行形で裏家業に関わっている証拠がごろごろ出てくる。それなのに何人もこの家に一般人を出入りさせていいのか。玖月はそう考えている。


「言ったでしょ。人目のつくところに武器は置かないって。それに掃除が得意の穂積くんがいるから血とかの跡なんて絶対に残らないよ。何より、一般の高校に通う高校生が殺し屋なんて思わないから。そういうのは漫画とかの中の話だって考えると思うよ」


誰もが思うだろう。殺し屋なんて身近にいるはずがないと。たとえ、家の中に銃器が置かれてたとしても精巧に造られた玩具だと思うに違いない。


「でも、霞くんの部屋の武器はすべてむき出しですよね?」


「アブない玩具のコレクションって言う設定で通してる。目の前の武器が進行形で殺しに使ってる本物の武器なんて思われてないから、今までバレたことないよ」


「砂霧さんは?」


「姉さんは友達いないから、家に人を呼ばない」


「なるほど」


玖月は納得したようにわずかに頷く。


「そもそも吹雪さんはどういう人なんですか?」


霞や砂霧に比べ、まだ性格面は把握できていない。


「朗らかで面倒見がいいから、学校では人望のある副会長なんだ。良識があるほうだから少なくても、いつ誰が通るかもわからない住宅街で殺しなんてリス……ク………」


「雫さん?」


雫は発した自分の言葉にハッとし、考え込むように顎に手をやった。


「………リスク、リスクかぁ。でも、吹雪くんの“アレ”は今回のこととは関係ないと思うけど」


「アレって何ですか?そういえば言ってましたよね、家族の性癖がどうのって」


「よく覚えてたね。実は吹雪くんにもちょっとやっかいな性癖があって。別に実害があるわけじゃないから、今まですっかり忘れたたんだけど」


「関係あるかもしれません。教えてください」


「それはね――」


雫が玖月に教えようとするときだった。


バン!!


「!」


「!」


部屋の中に響くほど大きな音が聞こえた。

実は吹雪の部屋の扉は霞と砂霧の部屋の扉とは違い閉まっておらず、わずかに開いていた。そのため、廊下からの音が直接部屋の中に入ってきていた。二人は壁をすり抜け、音の方向に視線を送ると2階の最後の一つである部屋の引き戸が開かれていた。

どうやら、音は引き戸を勢いよく開けた音らしい。

そこから、のっそりと長身の男が頭部をさすりながら部屋から出てきた。


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