第5話 退院の日

あれから一週間が経ち、俺の退院の日がやってきた。


ラルフの説得の甲斐があってか、サムはあの日出発をやめた。

そして毎日のように、サムはお見舞いにきてくれていた。

俺はというもの、あの能力を使うのをためらっていた……というのは半分嘘で、正直使ってみたくて仕方がなかった。

単純に入院生活での身体の不自由な状態では、能力を使用する機会があまりなかったのだ。


ちなみにラルフ相手にはちょくちょく使っていた。

その度にあまりにも面白い反応をするものだから、つい楽しくなってきてしまった。

と、なぜだか俺の性格も少し変わってきているような気がする。

あと余命1年なのだ、少し楽しんでも罰は当たらないんじゃないか。

……だがサムにはまだ一度も触れられずにいた。


今日の退院の時は、サムが迎えにきてくれていた。

今はサムと荷物の片づけを終え、病院を出て、自宅に戻る帰り道である。


「サム、親父さんの調子はどう?」


俺らが魔女と対決したあの日、魔女には勝てなかったものの、魔女は満足してその場から姿を消した。

まあ俺の胸元の紫水晶の欠片に潜んでいるといっても過言ではないのだが。

サムの親父さんを含む行方不明者は、抜け殻の状態で村に帰り、療養中のようだ。


「ああ、だいぶ良くなったよ。少しずつ話すようになってきたぜ。本人は白髪が急に増えたなって、ぼやいていたけどな」


そういって、笑うサムはそれでも少し元気がないようだった。

当たり前だ、親が行方不明になって抜け殻の状態で帰ってきたのだから。


「それよりさ、流石はエルだな。あまりの回復の早さに医者も驚いてたぜ」

「……そうかな? たまたまだよ」


何を隠そう、この回復の速さは魔女の力によるものだった。



入院生活の中で、魔女とはたまにペンダントを通して話していた。


「回復が早いって驚かれているんだが、もしかしてお前何かしているのか?」

「あなたの生命を少しだけ治療のために還してあげたの。感謝しなさいよ☆」

「どうしてそんなことを……?」

「だって……」


「……早く治してラブを生み出してくれなきゃ、退屈なのよ☆」



全く心の底から呆れる魔女様である。

二人は歩きながらしばらくの間無言でいた。

しばらく歩いていると、サムが言い出しにくいようにこう言った。


「なぁ……本当はあの日、もう一度森に行って魔女を探して対決するつもりだったんだ」


その時、ペンダントから魔女の声が聞こえた。


(そのままでワタシに勝てるわけないのにねぇ。というか、もうワタシは今あそこにいないけど☆ こういう所、このイケメン君ちょっぴりおバカさんよね)


「黙れ!」


思わずサムの悪口を言われ、ペンダントの声に反論するため大声を出してしまった。

サムが驚いた顔でこちらを見ている。


「……どうしたんだ?」

「いや、ごめん。なんでもないんだ」


また二人の間に気まずい空気が流れる。


「あの日、ラルフに言われたんだ。エルは俺を助けるために身代わりになったんだって。その命、もっと大事にするべきなんじゃないのかって」


ラルフのやつ、そんな風に言ったのか。

なんだか感動で、涙が出てきそうだ。


「あいつに殴られたの、ものすごく痛かったぜ……」


前言撤回だ。

暴力反対。


「でも、俺を止めるようにラルフに言ってくれたのはエルなんだろ? エルが起きたあの日、俺の顔があまりにひどい顔だったから、俺が早まった行動をするんじゃないかって」


「いや……それは」


「俺、正直嬉しかったんだ。流石はエルだなって。大変なのはエルの方なのに。俺は何もできない」


サムはその場に立ち止まってしまった。

辺りに人気はなく、木々の間を風が通り抜けて、ざわざわ葉を揺らす音だけが聞こえる。


胸が痛い。

ごめん、俺はあの時何も考えられてなかったよ。

まさか魔女に言われたから、しかもラブな展開がなくなるから止めた、なんてそんなことは言えないよな。


「旅に出るよ。あれからラルフと話したんだ。エルを助けるために、強くなって、もう一度魔女に立ち向かおうって。……エルは」

「俺も行くよ」


俺は間髪入れずに、サムに言い返した。

だって、魔女を倒しても俺の呪いは解けないんだから。

……とはこれも言えないけどな。


「……そういうと思ったよ。ラルフとはエルの希望通りにしようっていったんだ。行きたいといったら、一緒に旅をしようって」

「待ってるなんてできるわけないじゃないか」


呪いを解くには、俺が真実の愛を手に入れなければいけないんだ。

サム、騙すようでごめんな。


「……これからよろしくな。エル」


そういってサムは俺の真正面に立つと、真剣な顔で右手を差し出した。

差し出された右手をじっと見つめる。

俺の好きな手だ。

手のひらのこの大きさと、剣の修行で程よくついた腕の筋肉。

末端までサムの優しさが滲みでている。


「……ああ。よろしくな」


俺はその右手を取ることなく、へらっと笑うと、正面に立ったサムの脇を通って歩き出した。

視界の端でサムのひどく傷ついた顔が見えた気がした。

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