第57話 浴衣と花火
何気に、莉音の浴衣姿を見るのはこれが初めてではないだろうか。
「ふふん、どう? お兄ちゃん」
「馬子にも衣装とはこのことか」
「はっ倒すぞ♪」
「冗談だ。似合ってるぞ」
実際、髪をサイドアップにした莉音の浴衣姿は若干呆れるくらいに可憐だ。
我が妹ながら、相変わらずなんでも良く似合ってけしからん。
「行くか」
「先行かないでよー。妹の浴衣姿に興味なさすぎじゃない?」
「だって妹だし」
「むしろ妹にもっと関心を持とう」
「お前は兄に何を求めてんの」
しょうもない会話を交わし、夏祭り会場まで歩いて行った。
……何故か腕まで組んで。
「歩きにくい、離れろ」
「我慢して」
「お前の方が歩きにくそうだが」
「そんなことないから安心してね」
断固として離すつもりはないらしい。
諦めてそのまま十分ほど歩くと、ほどなくして喧騒が耳に入ってくる。
「わあ……人がこんなに………」
「当たり前だよお兄ちゃん。だから迷子になったらダメだよ」
「おかんか」
「妹です」
分かっとるわ。
予想通りというか、当たり前の人の多さに早くも嫌気がさす。
莉音の手をしっかりと握り、はぐれないように手を引く。
「財布に気をつけろよ」
「お兄ちゃんこそ、他の女にデレデレしたらこの場で『綿あめの刑』に処すね」
「ベタベタしそうな罰だな」
莉音の言に軽く返答して、一つの屋台に立ち寄った。
「すみません、綿あめ一つ」
「あとりんご飴も一つくださーい」
「少々お待ちをー」
俺が綿あめ、莉音がりんご飴を注文した。
決して『綿あめの刑』とやらに興味があった訳ではない。……本当だよ?
「ねぇねぇ、あっちの射的やりたい」
「射的か」
商品を待っている間に、莉音は次の屋台に目をつけた。
実に莉音が得意そうな場所だ。
「せめて一口くらい舐めればいいのに」
「早く射的したいんだもん」
「欲しいものでもあったか?」
「ううん、別にない」
ただ遊びたいだけのようだ。
落とさないでね、と注意され綿あめとりんご飴を受け取った俺は、先行く莉音の後を慌てて追う。
射的の前には何人かの挑戦者がいて、それなりに人気の屋台となっていた。
「お兄ちゃん飴返して」
「はいよ。それで狙いは決まったか?」
「う〜ん……れろぉ、ちゅ………あっ! たけのこの帝国があったよお兄ちゃん!」
「きのこの王国もあるな」
「そっちはいらなーい」
「まぁ、そっか」
きのこは眼中にないらしい。
すまないが莉音は………俺は、たけのこ派なのだから許してほしい。
そして数分後。
ついに順番が回ってきた俺たちは、それぞれで適当な的を当てていった。
戦績としては、俺が六発中五発で莉音が全弾命中だった……。
因みに、きのこは無事に生還した。
「袋ないですか?」
「まいど、三円な」
「「お金取るんだ………」」
そして屋台のおっさんはケチだった……。
それから食べ歩きや金魚すくい、ヨーヨー釣りで勝負したりと大いに楽しんだ。
ついでに財布の紐も大いに緩んでしまった……。
「もうムリです」
「んん……計画的に進めてたのに………」
「途中から考えてなかった気がする」
「……お兄ちゃんに任せなきゃよかった」
「いや、俺だけの所為にすな」
元を正せば、莉音があっちやこっちへと我先に向かったのが原因だ。
確かに釣られて楽しんだ俺も悪いが、全ての罪を擦り付けられる謂れはない。
「まっ、ここで終わりだな」
「むうぅぅ………」
「唸っても金は戻ってこないからな」
「………お兄ちゃん、スリってどうやるの?」
「やめい」
妹の犯罪行為を未然に防ぐため、軽く頭を小突いて黙らせる。
「まだ飲み物くらいは買える。それに打ち上げ花火もそろそろだし、見やすいところに移動するぞ」
「………むぅ、分かった」
「素直でよろしい」
「お兄ちゃんの癖にお兄ちゃん面しないで」
「いや兄だし」
不満そうな莉音の頭に優しく手を置く。
一瞬ビクッと震えた莉音だったが、特に嫌がるそぶりもなく受け入れている。
というよりは──
「………んん、んっ……」
「…………」
「……ぁぅ、もうちょっと………」
「…………」
「にぃぅ………んッ……、あぅ……」
「……もうやめていい?」
恍惚としてめっちゃ幸せそうだった……。
そして如何わしい? 雰囲気から抜け出した俺たちは、飲み物を購入後、花火が見やすい高台へ移動した。
莉音はメロンソーダを飲みながら、相変わらず俺の腕をしっかりとホールドする。
「さっきより歩きにくいから、もう少し離れてくれ」
「んー……お兄ちゃん」
「なんだ?」
「そっちのコーラも飲ませて」
「少しは検討しろよ」
──と、言いつつコーラを差し出す。逆にメロンソーダを受け取って一口飲んだ。
「お兄ちゃんの唾液の味がすりゅぅ」
「キモいこと言うなよ!?」
「お兄ちゃんは? 私の味……する?」
「うげえええ………よ、余計なことを言いやがって……ッ」
別に何も感じなかったが、改めて言われると口内に違和感を感じるようになる。
例えば「間接キスだね」だったのなら、そこまで気にしないと思う。それが妹相手ならなおのこと。
だが「唾液」と言う生々しい言葉を使われてしまっては、何故だか妙に気になる……。
俺の反応が気に食わないのか、莉音は不満げに頬を膨らませる。
「ふーん、そんなに嫌だったんだー」
「嫌って言うか……」
「嫌だったから、そんな顔で『うげえええ……』なんて言ったんでしょ。そこは照れながら『間接キスになっちまったな』って、言うのが普通なのに」
「唾液の返しでそれはないわー」
機嫌を直すため、再び頭を優しく撫でる。
上手いことツボを刺激して、さっきよりも快感となるように優しく、優しく……
「んっ、撫でれはひいと思っへはい……?」
「少しは」
「むぅ……もっと」
「はいはい」
割と気に入ったようで、莉音は借りてきた猫のように大人しく受け入れた。
──と、そろそろ花火の開始時間が迫る。
「ほら莉音、始まるぞ」
「んん……? もう、終わりなの……?」
「撫でてたら花火見えないだろ」
「んー……また今度してよ」
どんだけハマったんだ、と莉音を見て少しばかり呆れてしまった。
そして──
「「「「わあぁぁぁぁーーっ!!」」」」
美しくも儚い、たくさんの花が夏の夜空を染め上げたのだった。
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