第44話 対決・莉音の本音

 正面から叩き潰す。

 そうして心をへし折ってしまおう。お兄ちゃんとよく遊んでいたから、負けるなんて微塵も感じていなかった。そもそも、音無花音に出来るとは到底思えなかった。


(人見知り相手なこの人とカラオケなんて、大人気ないもんね?)


 だから格ゲーにした。

 まずは正面突破のように叩き、悔しげ歪む顔を拝もうと思った。


「ルールは簡単。先に三勝した方の勝ち。分かりやすいでしょう?」

『ん、負けない』

 さっきまで震えていたウサギが吠える。


(負けない? 威勢が良いのは結構だけど、こっちはお兄ちゃんの体操着を守んなきゃいけないの。だから綺麗に散らす……っ!)


 性格が悪いのは重々承知。

 けれど関係ない。お兄ちゃんを害し、私の計画の障害となるなら邪魔なだけ。利用する価値すらない女はとっとと消す。

 ようやく……その一歩となるチャンスが巡って来た。


「う、そ……」

「……♪」

「そんな……あり得ないっ!」


 とても信じ難いことが起きる。

 油断していた訳ではない、わざと手を抜いて弄ぼうとした訳でもない。


「え、ええ? ま、負け……た?」

「なんだって……?」


 ただ単に呆気なく負けた。

 お兄ちゃんからも驚嘆の声が漏れる。お兄ちゃん以上に驚いているのはこの私。

 秒殺……瞬殺と言い換えてもいいくらい鮮やかに敗北した。


 その後は、今まで以上に集中した。

 自分でも驚くくらいの絶技を披露して、それでも一度勝つのが精一杯だった……。


 格ゲー対決は完敗だった。

 そこで初めて、浅はかな考えをした自分を戒めたい気持ちに駆られた。

 このままじゃあ……いけないっ!


(このまま負けっぱなしなんて……惨めな真似は絶対にできないッ! それにお兄ちゃんとの未来のためにも、ここでこんな女の思い通りになんて……ッ)


 ならば次はどうする?

 格ゲーのようなゲームでは後手に回る可能性が出てきた以上は、直接対決するのは避けた方がいいかも知れない。


(どうして今日に限って──ッ)


 平日にも関わらず、やけに人が多い。

 時間は制限され、選べるゲームさえ制限されてしまっている。その限られた中で、確実に叩き潰すことの出来るゲームは──。


「じゃあ次はこれです」

「シューティングか」

「次も、勝つから……」


 ガンシューティング。

 丁度一台だけ空きがあり、プレイヤー同士で対決するものではない。ポイント制のこれなら、まず大きな差がつくことはない。


「莉音は何度か遊んだことあるよな? 音無は……」

『ある』

「という事は、二人ともどんなゲームかは分かってるんだな?」

「そうですね。ただ、今回は後攻にまわりたいです」


 わざとらしくならないよう、けれどしっかりと意図が伝わるように手を挙げる。ついでに苦しそうな表情も見せつける。


(さっきの事がある。やっぱりこの人の実力は確かめておいて損はない……)


 予定通り音無先輩を先行にさせ、じっくりと観察しようとした。その時──。


「頑張ってな」

「「……ッ!?」」

「な、何だよ突然……」


 何の証拠も、何の裏付けも、何の根拠もなく味方だと思っていた。寧ろ、そんなつまらない理由は要らない筈の味方が、憎っくき女の応援をした。


「に、いさん……?」


 大きな衝撃、動揺と驚愕そして絶望感に苛まれた私は、急激に立つ力を失って、その場で無様に膝をつく。


「ど、どうした莉音!?」

「ぅ…………」


 思わず普段の呼び方が口に出る。

 絶望感で『学校の莉音わたし』を見失いかけてしまう。


(な、んで……? おにい……ちゃん?)


 声が出ない。

 油断すれば涙が出そうになるほど、怒涛のような悲しさと寂しさが押し寄せる。


「はぁはぁ……くっ、はぁ……はぁはぁ」

「過呼吸まで!? おい莉音、しっかりしろ! 何があった!」

「に、ぃさ……」

「ちょっと莉音! 救急車呼んだ方が良いのか? あれ、救急車って百十番だったけ!?」


 マズい……と、思った。

 このままでは救急車ではなく、警察の方を呼ばれてしまう。それ以前に救急車も呼ばれたくなかった。


「だい……じょう、ぶ……」

「だ、大丈夫なもんか! 早く……」

「違う、の……。あ、はぁ、ふー……」


 本当は今にも倒れてしまいそうだった。けれど、それでは不戦勝で負けてしまう。

 そうなってしまったら──。


「いいから。今日はもう帰って休もう」

「ふぅー、はぁー。うん、もう大丈夫です。ええ、本当に……ご心配をお掛けしました」

「いや、本当にダメだ。疲れてるんだよ。今日はもう……」

「違うんです。兄さん……。兄さんがいけないんですよ?」

「は、はい?」


 心配をさせてしまった申し訳なさ。そして私じゃない女を応援した事に対する憤懣ふんまんを込めて、少しだけお兄ちゃんを叱り付ける。


「(兄さんが、音無先輩なんかの応援をするから……。悪いのは兄さん……ですよ?)」

「な、何を……」


 どうやら効果は覿面てきめんのようだ。

 普段は絶対に見せない、本物の憤怒を兄に対して見せつけた。狙ってやっているとはいえ、この憤りは本物。

 だから──。


「ふぅ……。私の勝ち、ですね……?」


 この場で晴らしても、文句ないよね?

 こうして、ガンシューティングでは勝利を収める事に成功した。


「最後がこれ?」

「ゲームセンターにあるんですから、これも立派なゲームです」

「そうかもしれんが……」


 本当なら、ガンシューティングのようなゲームで勝負するのが得策。そんな事は重々承知の上で選んだ。


(お兄ちゃんにも分からせてあげなきゃ……。私が……お兄ちゃんのためなら、なぁ〜んでも出来ることを……ね?)


 さっきの不満は、まだ完全には抜けていない。きっと不甲斐ないから……格ゲーで、音無花音に負けたから失望したんだ。

 失った信用を取り戻すためなら、正面から突き進んで証明する。


(エアホッケー。これは対戦相手がいなけれど出来ない。つまり……)


 音無花音はこれをやった事はない。

 ……などと、勝手な思い込みは捨てる。


(同じミスは侵さない。この女に常識は通じないと考え、もっと深く……想定外を想定するつもりで考えなきゃ──ッッ)


 自分を鼓舞するように、今だけは音無花音この女のことだけ考える。

 誰だってゲームによっては、苦手なものだってあるのが普通。音無花音は確かに凄いゲーマーかも知れない。けれどそれは画面上のものに限った──訂正、ゲームのジャンルに関係なく強い。そう決めつける。

 だから油断なく、初めから全力で情け容赦なく戦おう。


「じゃあ始めます」

「うん、きて」


 先行でパックを打つ。

 そう簡単には決まらなかった。それでも格ゲーの意趣返しには成功した。

 しかし──。


(やっぱり……ッ!)


 せっかく先制点したのに、すぐに返される。

 これは一瞬の油断で、先に点を入れたことに対する高揚感に浸ったことが災いした。


 けれどこれは想定内の流れ。

 誰だって、目的が果たされれば喜ぶ。どんなに自制したとしても、深層意識は表層意識とは関係なく揺れ動く。


 人間の心は、それだけ脆い──。


 それから攻防は続き、僅かに音無花音が流れにノっている。押されている訳ではないけれど、状況は芳しくない。

 今はまだ盛り返すチャンスはあるが、ここで点を奪われてしまったら……。


「ッ!」

「むぅ……」


 焦りからか、パックを場外に吹き飛ばしてしまった……。けれど、そこで一旦悪い流れが途切れたのは不幸中の幸いだった。

 思わず頰が緩むのを抑え、一度気持ちを切り替えようと呼吸を整える。


「ふぅー……」

「…………」

「じゃあ、音無の方だな」


 そして再開。

 再び激しい攻防の末、今度は連続得点が決まり自然と笑みが浮かぶ。


「よし──っ」

「……」


 音無花音の悔しげな表情が、更に私の自信と優越感を高めてくれる。が──。


(こ、この女……わざとッ!)


 再び仕切り直しを余儀なくされる。

 音無花音は意図的にパックを場外へ弾き飛ばして、私がやったように流れを切った。

 三点対一点で、点数差は僅かに私の方が上だから慌てる必要はない。寧ろここで慌てては、相手の思う壺。時間も残り僅かだから、三度流れが切れる事はなくなる。


(だったらここで、今度も私が優位になるように流れを作り上げる……っ!)


 そうと決まれば先制するしかない。

 そうすれば点差は更に開き、しかもマッチポイントで勝利は目前。音無花音のプレッシャーも跳ね上がること間違いなし!


(ふん……そう上手くいけばの話だけどね)


 何度目かの自制。

 このまま簡単にやられるのなら、こんな苦労する筈がない。それを証明するように、今度は音無花音が連続得点を見事に決める。


(負け……ないッ!)


 この時点で一分を切っていた。

 ここで点数を取れば、その時点で勝利は確実となる盤面。


「まだ……まだっ!」

「こっちだってええッ!」


 最後まで殴り合いのような攻防が続いた。

 しかし健闘虚しく、引き分けでこの戦いが終わってしまう……。


「結果はどうあれ、二人ともお疲れ様」

「…………」

「…………」


 お兄ちゃんの労いの言葉が聞こえても、私たちの睨み合いは終わらない。お互いに不満を抱えた引き分けで、正直すぐにでも再戦したい衝動に駆られている。


(それはダメ……)


 体力は残っている。けれど、今の不完全な状態では敗北する可能性が高い。

 引き分たお陰でこちらの要求は叶わない。けど、向こうの要求も叶わない。


(無理してお兄ちゃんの体操着を盗られたら元も子もないもんね。だから今回は妥協させてもらうしかないかな……)


 そこまで考えるて、ようやく騒ついた心が落ち着いた。

 流石に疲労は溜まっているから、今すぐお兄ちゃんの胸に飛び込みたい。


(帰ったら甘やかしてもらわなきゃ。それからこっそり体操着を拝借して……♪)


 今夜のオカズにする。

 可能ならお兄ちゃんの隣で、バレないようにイケナイ事をしたい。


(想像しただげなのに……。はぁ、早くかえりたいよぉ……)


 妄想が膨らみ、表情に出さないようにするのが大変だった。もう音無花音のことはどうだっていいから──。


 くいくい。

 袖が引っ張られる感覚を感じて振り返ると、意外にもどこか嬉しそうな、そして少し興奮気味の音無花音が──。


「……りおちゃん」

「「えっ?」」


 あまりにも唐突で思考が完全に麻痺した。

 しかし長年演じているためか、反射的に返事をしてしまった。


「あ、はい……なんですか?」

「……また、遊んで……ね?」

「…………」


 今、なにを言われた──?

『また、遊んで』と、言ったのだろうか?


(意味が分からない……。はっ? 本当になに言ってんのこの女……?)


 自分たちは敵同士。

 その意思を明確に伝えた訳ではないけれど、しっかりと理解している筈だ。

 なのに……遊ぶぅ?


「……その時は絶対に勝って、兄さんへの犯罪行為をやめさせますので、そのつもりでいて下さい。音無先輩」

 頭をフル回転させ、出した答えがこれ。


(引き分けで終わるなんて、そんな無様を晒したまま引き下がれない──ッッ!)


 正面から叩き潰すと、最初に私自身が決めたこと。お兄ちゃんと添い遂げるためにも、そこを曲げる訳にはいかない。


(いい気になるのも今だけ……。貴女はちゃんと私の手で排除するから……必ずッ)


 もう一度改めて、これからの誓いをそっと胸に仕舞う。これは全ては……お兄ちゃんと永遠になるために──。

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