第11話 帰り道
「あ、兄さん?」
「ん? 莉音か。なんだ、まだ帰ってなかったのか」
完全下校時刻の二十分前。
俺と綾波は委員会の活動を終え、図書室を出た所で莉音と遭遇した。向こうも驚いてる所を見ると、たまたま通りかかっただけのようだ。
そんな中、綾波は商品の品定めをするかのように、莉音を凝視する。
「ほうほう……この子が噂の
「人の妹に『うわ』はないだろ……」
莉音を初めて見る男子は大体そわそわ(キモい)して、女子は羨望或いは嫉妬のような視線を向けるが、初対面で『うわ』って言った奴は初めて見た。流石に少し失礼な反応だ。
ただ莉音は気にした様子もなく、流れ作業にように一礼する。
「兄さんは今からお帰りですか?」
学校での莉音は丁寧な言葉遣い且つ、俺のことを『兄さん』と呼ぶ。家と外で呼び方を分けるのは、そうしないとボロを出す可能性があるからだろうか。
「もう完全下校時間だからな。後は鍵を職員室に返せば帰れるぞ。そっちこそ何してたんだ?」
「私は進路相談をしていました」
「え、莉音はまだ一年だろ? 気が早くないか?」
気が早いとは思うが、進路は今後の人生で一番重要なものとなるから早いに越したことはないかも知れない。ただ、俺とは違い学力優秀な莉音なら、そこまで急ぐ必要は──。
「あ、いえ私じゃなくて兄さんの進路について相談してました」
「待て待て! 本人なき所でやる!? つか、進路担当も何故に受ける!?」
「ふふ、冗談です。本当はちょっと人を探してたんです。残念ながら帰ってしまったようですけど……」
「全く……脅かすなよ……」
「いやいや、沢田兄よ。普通に考えて有り得ないでしょうが」
莉音は時々、嘘か本当か分からないような声音で話すからタチが悪い。限りなく自然に嘘を吐くのだから、末恐ろしい才能なんだよな、ほんと……。
「では兄さん。そろそろ帰りましょうか」
「お、おう。鍵は返しとくから、綾波は先に帰っていいぞ」
「よし任せた! いやー助かるよ、やっぱ面倒なんだよねー」
「最後の本音は隠せよ……」
ただある意味では正直者で裏表ない性格である事は間違いない。そういう面を見れば、綾波という少女は気兼ねしなくて済む。
勝手に他人から慕われて、好まれ妬まれ理想を押し付けられる莉音とは違い、彼女みたいなタイプは誰にも縛られない自由で居られるだろう。
「んじゃねー、沢田
「おう、またな」
「……はい、さようなら先輩」
手をブンブンと振り回して、廊下を駆けて行く綾波はあっという間に消えた。
その光景を、どことなく冷たい表情で莉音は見つめているように見えたが、次の瞬間には明るい笑顔で俺に向き直る。
「さ、兄さん。早く鍵を返して帰りましょう」
「ん? あ、ああそうだな」
さっきの表情はなんだろう?
ただの見間違いか、それとも──。
◆◇◆◇◆
あー……ふざけてるのかな。
『今度お話ししようね』って……刃物持ってたら刺してかも知れないなぁ、本当に……。
私は苛立ちをひた隠しながら、お兄ちゃんの横を静かに歩く。溢れ出る不機嫌をお兄ちゃんに悟られたくない。嫌われちゃう……。
「玄関で待ってていいんだぞ?」
「ううん。一緒に行くよ兄さん」
私に声を掛けたお兄ちゃんは、そうか、とだけ言って職員室に向かう。私の歩幅に合わせて歩いてくれる、お兄ちゃん大好き。
早く帰っていっぱい甘えよう、そしてさっきの不快な気分を忘れよう。
その後、お兄ちゃんが鍵を返してようやく帰路につく。
やっと、お兄ちゃんと二人だけの時間が始まった。朝からお兄ちゃんのことばっかりで、こうして隣を歩くだけでモヤモヤした思いが晴れる。
すごく幸せな時間……だけど、聞かなきゃいけない事が一つあるんだよね。
「ね、お兄ちゃん……」
「ん? どうした」
「最近、何か悩んでない? 妹の私が特別に聞いてあげるよ?」
「…………そんなに分かりやすいか?」
「知ってる? 妹には兄の心模様を感じ取る『ス
「ダセェ名前……」
私は誰もいないことを確認して、二人の時の振る舞いに戻る。だってお兄ちゃんとの大切な時間を偽りにしたくないから。
偽るのは親と学校だけでいい。
「ほらほら〜。どうせ大した悩みじゃないんでしょ? でーも、愚兄の悩みくらい聞いてやるから話して
「うわぁ……うぜぇ」
「ほらそう言わずに話したらスッキリするかもよ、お兄ちゃん」
「…………いや、別にいいよ」
「えっ……」
いつものように冗談を交えて訊いた。
なのに拒否された? お兄ちゃんに……?
「な、なんで? 別に減るもんじゃないんだからいいんだよ。素直になったら良いよお兄ちゃん」
「いや、本当に良いんだよ。実際、大した悩みって訳でもないし」
「……っ」
なんで……?
なんで……なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで……っ!!
あんな
嫌だ……なんで、お兄ちゃん?
もしかして……嫌われた、の? そ、そんなの……っ!
「あー……何というかさ、よく麗菜の事とかで相談に乗ってくれるだろ? なのに、別なこと相談するのは気が引けてな」
「あ……ぇ? そ、そんな事ないよ、お兄ちゃん! 寧ろばっちこい!!」
「ば、ばっちこいって……妙な言い方するな莉音は」
お兄ちゃんは少し呆れたような表情を見せる。
良かった……ただ後ろめたかったんだね?
でも、そんなこと気にしないでねお兄ちゃん。分かってるよ、音無とかいうストーカーが迷惑なんだよね? 私も同じ気持ちだよ、私もあれは邪魔なんだよ。
「じゃあ相談に乗ってあげる。話すが良い、お兄ちゃん!」
「……ず、随分と元気いいな。なんか良いことでもあったのか?」
「まぁね! だからお兄ちゃんのお悩み相談くらい無償で受けてあーげーる♪」
こうして、私はお兄ちゃんから悩みを聞きながら、
──少しだけ待っててね、お兄ちゃん。すぐに……排除するから、ね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます