第210話 憶測(3)

「ハア? 斯波っちがあ??」


その話は早速真尋にも伝わった。


「なんかね~。 あんまり突然だから。 みんな栗栖さんに子供ができたんじゃないかって。」


おしゃべりな八神はそのまんまを真尋のいる自宅の練習室で話をしてしまった。


「なんでみんなに言わないんだよ、」


「ほら、斯波さんってああいう人でしょ? 照れくさいんですよ。」


「斯波っちのやろ~。 おれにもナイショで。 だいたい! おれが斯波っちのために休暇を繰り上げてこっち戻ってきたっつーのにさ、お礼の一言もねーんだから! んでロンドン行っちゃうし、」


ぶつくさ斯波に対する文句を言い始めた。


「まあまあ。 自分の心のうちをさらけ出すの苦手な人ですから、」


八神は笑って一緒になって、豆大福を食べながら笑った。





「あ! 萌ちゃん、そんなんあたし持つし、」


大きなファイルを抱えて資料室から出てきた萌香を見て南は駆け寄った。


「え、でも・・すぐそこですし。」


「いいから、いいから。」


と笑って彼女の手からファイルを受け取った。


「そんなに高いヒール履いてると危ないで、」


「はあ?」


わけがわからなかった。





「なんか、あの二人のことっておおっぴらに訊けないトコあって。 南さんでさえも。」


八神はさらに言う。


「なんでそんなにみんなして遠慮すんの?」


真尋が口をもぐもぐさせながら言うと、


「なんでって・・言われるとわかんないですけど。 なんか触れちゃいけないっつーか。 斯波さん、栗栖さんのことになるともうなんもしゃべらなくなっちゃうし、」


「しょうがねえなあ。 あの男も。」


真尋はため息をついた。




二人の噂話は事業部でも続いた。


「斯波さんのことだから。 絶対に海外とかどっかでひっそりと式を挙げようと考えてるんですよ。 栗栖さんのおなかが大きくならないうちに。」


八神はウンウンとうなずく。


「ほんと恥ずかしがりやさんですもんね、」


夏希も言った。


「八神と美咲ちゃんの結婚式も終わったし。 これはそれに引き続き事業部の最大のイベントになろうってゆーのに。 そんな籍入れられてから報告されても!」


南はもどかしい気持ちでいっぱいだった。


「でも・・斯波さんが帰ってくるのが木曜日で。 この日は・・仏滅だから。 次の日の大安に婚姻届を出すってのが有力ですよね、」


八神はカレンダーを見ながら言った。


「んで、みんなに報告って感じじゃないですか?」


玉田も言った。


「ほんまにもー、斯波ちゃんも萌ちゃんもみずくさいなあ、」


南はため息をついた。





「どうぞ、」


萌香は志藤にいつものように3時のお茶を淹れてきてくれた。


「・・ありがと、」


志藤はボーっとしつつ



こうやって


お茶を持って来てくれるときに


ちょっと屈んだ彼女の胸元から見える胸の谷間が


毎日の楽しみなのになあ。


人妻になっちゃうと


何となく気持ちが萎えるというか・・




疚しいことを思いっきり考えていた。



「どうか、しました?」


萌香がぼんやりしている志藤の顔を覗き込んで言った。


「え・・ああ。 あの、特に報告とか・・ない?」


萌香を見て言うと、彼女は少しうーんと考えたあと


「今日は特に。 電話もありませんでしたし、」


と笑顔で答えた。




仕事のことやなくてさ・・



志藤はちょっとため息をついた。




「え! あの二人が!? ついに?」


家に帰って志藤はゆうこにもその話をした。


やっぱり彼女も驚いていた。


「でも。 栗栖、おれになんも言ってくれへんねん。」


寂しそうに言う彼に


「なんであなたがガッカリしてるんですかあ??」


ゆうこは疑惑のまなざしで彼を見た。


「別に! ほんまに疚しい気持ちとかやなくて! おれは、いちおう栗栖のことを部下として大事な秘書として・・まあ、ちょっとは娘みたいな気分で今まで見守ってきたのに!」


志藤はムッとしてテーブルをバシっと叩いた。


「おれに一言も相談ナシやもんなあ~~~、」


そしてまたため息をついた。


「でも、妊娠してるって本当なの?」


「わからへんけど。 南たちは絶対そうやって言ってる。 そうでもなきゃ、あの二人が結婚するキッカケなんかないって・・感じで。」


「まあ・・最大のキッカケではありますけど。」


「それもなあ、ちょっとは相談して欲しいっていうか、」


「心底ガッカリしてますねえ・・。」


ゆうこは呆れた。


「まあでも。 二人はもう長い間一緒に暮らしてて、色んなことを乗り越えてきて。 夫婦同然の暮らしをしていたわけで。 もし仮に妊娠してたとしても・・つきあってもないのに、妊娠しちゃったどっかの誰かさんたちよりは冷静に受け止められると思うんですけど~?」


ねっとりとした目でゆうこから見られた。


「・・どこの誰やん、そんなん・・」


志藤はバツが悪くなりすううっと視線を逸らした。


ゆうこはおかしくなってクスっと笑ってしまった。



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