第192話 父(1)

「え・・」


斯波は思わずタバコを手にしたまま固まった。


「やっぱり知らなかった?」


志藤はその彼の表情を見ただけで、父親が入院していることを斯波が知らなかったことを悟った。



「入院って・・なんで?」


逆にそう聞かれて、


「わかんない。 編集長も詳しいことは知らないみたいで、」


と答えると、一拍置いて、


「・・たいしたことないんじゃないですか? それじゃあ、」


斯波はボソっとそう言って仕事に戻ろうとした。


「一応、確かめたら? 入退院繰り返してるって話だし、」


志藤は彼にそう忠告した。



父親なんて


思ったことはなかった。


家族とか


正直、よくわかんないし。


血のつながりがあるってだけで、他人よりコンタクトないし。



斯波はそう思いつつも


父の携帯に電話を入れてみた。


しかし


それは繋がることはなかった。




「え・・お父さまが?」


萌香は家に戻ってからようやくその話を自分にした斯波を見やった。


「・・うん。 携帯に電話しても繋がらなかった。」


冷静にそういう彼に、


「事務所に電話してみたらどうですか? 清四郎さんのお父さままで入院されてるなんて、」


ようやく自分の母親がホッと一息つける状態になったのに、萌香はまたも心配が増えた。


「・・うん・・」


斯波の返事は


芳しいものではなかった。



しかし


斯波の腰は重く、なかなか父に連絡を取ろうとしなかった。


萌香はそんな彼に業を煮やして、志藤に


「斯波宗一郎さんの事務所の連絡先を教えてもらえますか?」


と、聞いてみた。


「え? あいつまだ連絡してへんの?」


「何だか・・。 何もアクションを起こそうとしなくて。 でも、気になるのでこのままってわけにも、」


萌香は困ったように言う。


「しゃあないなあ。 あいつも。」


志藤は手帳を取り出した。




事務所は会社からそう遠くないところにあったので、萌香は斯波をつれて無理やり父の事務所へと足を運んだ。


ビルの一室のそこに入っていくと、ひとりの女性が仕事をしていた。


「あのう・・」


萌香が声を掛ける。


「はい、どちらさまですか、」


そのスラリとした女性は二人に歩み寄る。


萌香は黙っている斯波の脇を肘で小突いた。


仕方なく、


「・・あの、北都エンターテイメントの・・斯波、と申します。」


と名乗ると、その女性はハッとした。


息子である、と言わずによそいきの挨拶しかできない彼に萌香は小さなため息をついた。



「・・先生の息子さん、ですか。」


「・・はい。」


斯波はうつむきながら小さな声で言った。


「・・あの、先生は、」


女性は少し狼狽しつつ言葉を詰まらせた。


「入院されてるってお聞きして。」


萌香が切り出すと、女性は斯波から目をそらしつつ


「先月から、ずっと・・」


と答えた。


「先月から?」


斯波は思わず聞き返す。


「あの、先生のお加減は、」


萌香は聞くのが少し怖かった。


女性は初めて斯波の顔を見上げて、一呼吸置いてから



「・・先生は。 急性骨髄性白血病です。」


と、しっかりとそう言った。


「は・・」



その病名を告げられて


斯波は呆然とした。


病気に詳しくなくとも、その病気が


ガンと並ぶほどの不治の病であることは


二人にもすぐにわかった。


「白血病・・」


萌香も驚いてその言葉を繰り返す。



「今は・・無菌室の治療に入っています。 わかったのは去年の秋で。 それから入退院を繰り返して治療していましたが。 あまり芳しくないので、今回は抗がん剤も投与して。 もちろん、私が行っても直接話はできません。」


女性は小さな声で説明をした。


萌香はハッとしたように、



「あの、失礼ですが・・あなたは・・」


その女性に言った。


彼女は目を伏せるようにまたうつむいた。


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