第179話 過去(1)

「・・私だって。 ほんまに変わりたくて。 どうしようもなくて。 だけど、いくら自分が頑張ってもアカンて思ってた。 でも。 彼や今の職場のみんなと出会って。 きちんとまっすぐに生きていかなアカンて思った。 あの時から・・4年。 誰にも後ろ指を指されないように仕事、頑張ってきた。 過去を消すことはでけへんけど、変わることはできると思う、」


萌香は母にそう言った。


「・・ほんっと、何度もお母さんのこと憎んだけど。 こんな母親まっぴらやって、家を出たくて仕方がなかった。 でも。 どんな理由にせよ。 お母さんが私を生んでくれなかったら、今の幸せはなかったって。 そう思う。」


「萌・・」


「だから。 きちんと身体を治して、堂々と仕事をして生活して欲しいの。 お母さん、まだまだ若いし。 幸せにもなってほしいし、」



母に対して


こんな言葉が自然に出る


自分にも驚いていた。



母に聞きたいことはたくさんあるけど


だけど


今、ここに生きている自分の存在が


尊くて愛しくて。


素直に母に感謝をしたい気持ちになった。




萌香は出社してすぐに志藤と共に外出をした。


「ご迷惑をおかけして・・」


「ああ、いいって。 ほんまにお母さんがようなるまで仕事の方もセーブして、」


「手術さえ無事に済めば、という感じですけど。」


「そうやなあ。」


「・・それで。 母にこっちに住んで欲しいと思って。」


「え?」


志藤は萌香を見た。



「まともな仕事について。 きちんと働いて欲しいって。 さっき本人に言いました。」



「・・そっか。」


志藤は萌香の過去を思う。


「まあ、どうなるかわかりませんが。 本当に気性が激しくて。 私になんか何も言わせない人やったのに。今は病気のせいか、私の言うことを素直に聞いてくれます、」


萌香はクスっと笑った。


「・・15で子供産んで。 なんの苦労もなかったわけやないと思うで。 おまえにとっては不幸なことでも。 お母さんしかわからへん苦しみもあったと思う、」


志藤はポツリと言った。


「・・ええ、」




それは


本当にそう思う。





斯波のほうが先に帰宅した。


「あれ・・」


萌香の母がキッチンで洗い物をしていた。


「寝ていてください。」


斯波はボソっとそう言った。


「・・このくらい、」



あの時


罵声を浴びせられた人と同一人物だろうか、と思えるほど


素顔の彼女は


物静かな人だった。



「・・あ・・、」


「え? なんですか?」


静香は目を逸らして気まずそうに


「・・なんか・・迷惑を・・」


彼女なりに気にしているようだったので、


「何も。 萌のお母さんだから。 気にしないでください、」


斯波は微笑んで優しく言った。


「あの子、ほんまに幸せなんやろな、」


お茶を飲みながら静香は言った。


「あんたに出会えて。 幸せなんやろな・・」


斯波を見る。



「・・わかりませんけど。 でも、二人でいることが自然になりました。」


「鬼みたいな母親やって・・思ったやろ?」


その問いには答えられなかった。


「・・あたしがあの子にしてきたこと思ったら。 いくらこんなんなっても、放っておいてくれたらええのにって。」




どれだけ


悲惨な生活をしてきたのか


もう


聞くのも辛い気がした。


「憎くても。 親子ですから。 他人にはわからない繋がりですから。 彼女は本当にお母さんのことを心配しています。 退院後も遠慮せずにここで療養してください。 そのあとのことは、ゆっくりそれから考えればいい、」


斯波はそう言った後、


自分のことを思ってしまった。


自分に対して一度も


父親らしいことをしなかった父。



今だって


必要最低限のことしか話をしない。



わかりあえることは


一生ないのだ、と思っていた。



そういう繋がりは


悔しいが


自分と父の間にも


あるのかもしれない。




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