第178話 変わる(4)

それでも


母はつかれきっていたようで、床に入るとすぐに眠ってしまった。



「どんな感じなの?」


斯波は萌香に小さな声で言った。


「ようわからへんの。 子宮の病気らしいってこと以外。 不正出血がかなりあるみたいで。それで貧血状態になってるみたいなの。 無理をして医者にもかかってへんかったみたいで。」


萌香は小さなため息をついた。


「・・そっか。 ちょっと長くなるかもしれないな、」


「ごめんなさい。 もし、入院やとかそういうことになって・・療養が必要になったら、近所に住むところを探して・・」


「そんなことはいい。 来月、ここの5階の一部屋が空くことになってるから。 よかったらそこを使って、」


「でも。 そんなあなたに迷惑をかけるようなことは、」


「だから。 萌のお母さんだから。 おれにとっても・・他人じゃない。」


「え・・」



斯波の言葉に萌香は


言いようのない嬉しさで


胸がいっぱいになった。


「・・家賃はきちんとお支払いします。 そうしないと・・お義父さまに申し訳ないので。」


萌香は言った。


「オヤジのことはいい。 ここはおれが管理しているし。」


「そういう問題ではないです。 税金だってお義父さまがお支払いになっているんでしょう? そんなあなたの一存で決められないはずです。」


「・・しかし、」


「いいえ。 私の・・母ですから。一応。 けじめはつけさせてください。」


萌香はニッコリと微笑んだ。




こういうとき


夫婦だったら。


こんな遠慮なんかすることないんだろうに。


斯波はふとそんなことを思ったりしてしまった。





「え・・栗栖のオフクロさんが?」


「ええ。 昨日、いきなりそういう展開になって、」


昼ごろ出張から直接戻ってきた志藤に斯波は報告した。



「・・病気、やったんか。」


「わかりませんが。 まだ、一緒に病院に行っているところです。」


斯波は腕時計で時間を確かめた。


「そうかあ・・」



あれから


実家に行ったんか。



やっぱり


オフクロさんのことは気にしてたんやなあ・・



志藤は小さなため息をついた。




斯波はそれから1時間後、萌香から電話を受けた。


「・・子宮筋腫?」



「ええ。 今日できる検査を一応したんやけど。 かなり大きなものが子宮内にできてるらしいの。 何年も我慢していたんやないかって。」


「それで?」


「明日から入院して。 手術で・・子宮を摘出することになって、」


「え、」


「もうそれしか方法がないくらい・・大きいって、先生が。」


「そっか・・。」


「一度、母を家に送って行って。 そっちに行きますが。それからまた明日も入院につきそうことになるので・・」


「こっちのことは気にしなくていい。 志藤さんには話ししたから。」


「・・すみません、」



彼女から


『すみません』


と言われるたびに


何だか他人行儀で。


ちょっと悲しい。



「きちんと寝ていてね。 入院に必要なものは帰りに買って帰るから。 あと、入院承諾書にも記入をして、」


萌香は母を家に連れて帰ったが、母がおとなしくここにいてくれるだろうか、と心配だった。


「・・うん、」


気性の激しかった母が


ウソのようにおとなしくなり


萌香の言うことを素直に聞いていた。



「・・ここにいて。 ええんやろか、」


静香はボソっと言った。


「え・・?」


「・・ここは、あんたのカレシんとこやろ?」


「うん。 でも、彼も心配してるから。 それに。 もう・・・あの仕事は辞めてほしいの、」


萌香は思い切って母にそう言った。


「仕事・・?」


「無理はもうアカン。 ほんまに身体壊すから。」


「・・もう・・まともな仕事なんか。 できるわけないやん。 だって・・ずっとこうして生きてきたんやで? ずっと・・」


母は


弱々しい声でそう


つぶやくように言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る