第176話 変わる(2)

萌香は大阪でも志藤を助けて一生懸命に仕事をした。


翌日の午前中にはだいたいのことを終えてしまったので


「おまえ、先帰れや。おれは明日の午前中の新幹線で帰るから。 こっちで取締役の会議に出て行くし、」


志藤は萌香に言った。


「でも・・」


「ほんまに。 ごくろうさん。 やっぱり栗栖に来てもらって良かった。 おまえがいるといないとじゃあ、仕事のはかどり、ちゃうもん。 ありがと。」



いつもの


全てを包み込むような笑顔でそう言われて、萌香は本当に嬉しかった。



「・・いいえ。」


彼の言葉に甘えて、仕事を終えて帰ろうとしたのだが。




ふと


母のことを思い出した。


たまに


たまにと言っても、年に1度くらいだが


短い電話をするくらいだった。


それも、鬱陶しそうにすぐ切られてしまい。


相変わらずの生活を送っている。


もう


4年近く、会っていない。



あんな仕事をしている母のことを軽蔑するけれど


だけど


萌香の心の中で


ひとつだけ


どうしても母に聞きたくて、聞けないことがあった。




なぜ


自分を生んだのか。




もう堕ろせないくらいの時間が経ってしまったのかもしれないが。


もし


望んでいない


本当に望んでいない妊娠だったら


方法はいくらでもあったはず。


自分と接する母は


どう考えても


自分を疎ましく思ってるとしか思えないような態度だったし。



父親のことは一度も聞いたことがない。



母が怖くて


とても聞けなかった。




どうして


いるんだろう



とても気になって


そのまま京都へ行くことにした。




夕方前の


その界隈は


まだまだ静まり返っていた。



萌香は店のドアを開けようとしたが


カギがしまっている。



・・?



いつも


ここは誰もいなくても開け放ってあるのに。



不思議に思っていると、


「あれ、・・萌ちゃん?」


中年のオバチャンが買い物から戻ってきた。


ここで働く女性だった。


「・・閉めてるの?」


萌香は彼女に聞いた。



「聞いてへん? しずちゃん、ここ1ヶ月くらい具合悪くて。 店閉めてんの。 今日はちょっとあたしも買い物あって。」


鍵を開けながら言う。



「・・具合が?」


「なんやわからへんけど。 おなかいたいとか言うてて。 それはもう・・2年位前からなんやけど。 医者行ったらって言っても、いやや言うて言うこときかへんねん。 店の女の子もみんなやめてしまってな。」


萌香は急いで二階に上がった。





薄暗い


ミシミシと言うほど古いその階段を登って、奥の母の部屋に行く。


ノックをしたが返事がなかった。



「・・お母さん?」


萌香はそっと声を掛けて入っていく。


西日を避けるようにカーテンは締め切りだった。


母はベッドに丸くなって眠っているようだった。


「・・お母さん、」


もう一度声を掛けると、母はむっくりと起き上がった。


「・・なに・・? あんた・・」



萌香は電気をつける。



すると


青白く、生気のない母の顔が浮かび上がった。

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