第175話 変わる(1)

「え、大阪に?」


斯波は少し驚いたように萌香を見た。


「2日ほど。 本部長の仕事で、ですけど。」


萌香は洗い物をしながら言った。



「大阪って大阪支社だろ?」


斯波は志藤と同じことを心配した。



「本部長も気を遣ってくださいましたけど。 私は別にどうってことないですから。 それに仕事やし。 今回もいろいろ仕事先の方とお会いしますし。私が段取りをしないと、」



「でも・・」


心配する彼に



「大丈夫です。 心配しないで。」


萌香はふっと笑った。





たぶん


大阪では


彼女はまだ


『専務をたらしこんだ性悪女』


なんだろうし。




斯波は彼女がそう思われてると言うだけで


胸が痛かった。






「あれ? 幸太郎?」


大阪支社に行くと、入り口でばったりと志藤の同期・成田紗枝に会った。


「おう。」


軽く手を上げた。


「なんや、仕事? めずらしなあ。」


「ちゃんと仕事してますから。 今回は企画の方にも世話になるから。」



紗枝は彼の背後の萌香に気づいた。


「あれ? ・・栗栖さん?」


「・・はい。 ごぶさたしています。」


萌香はゆっくりとお辞儀をした。


「ああ。 今、あんたの秘書してんねんもんな。」


紗枝はチラっと志藤を見た。




こうして話をしていても


なんとなく行きかう社員たちが


萌香をチラチラと見ていく。




紗枝はそんな雰囲気を察して、ふっと笑い、


「・・この人も。 大阪じゃあ・・とんでもない女たらしの悪い男やし。 ほんま伝説やもんな、」


志藤の背中をポンと叩く。




「え・・」




萌香はふと顔を上げた。


「言いたい人間には。 言わせておけばいい。」



紗枝の笑顔に


萌香は少し救われた気がした。



「そうそう。 ほんまにおれなんか・・近づかれただけで妊娠しそー、とか散々言われてるし。」


志藤もわざと明るく笑い飛ばした。


「社内の子もどんだけ捨ててきたがわからへんもんな。」


「そんなにしてへんで、マジ、」


萌香は二人のやり取りにクスリと笑ってしまった。





もう


私は


ここにいたころの私やない。




周りがどんな目で見ようとも。


私は


本部長のために仕事をやりとげよう。




萌香はもう一度自分に気合を入れて、背筋をしゃんと伸ばした。




「ね、見た? 東京の志藤さんとあの・・栗栖さん。 今、来てる。 なんか志藤さんの秘書になったみたいやで。」


「めっちゃ怪しくない? あの二人。」


「志藤さん、絶対手え出してそうやんなあ、」


「彼女も、ようここに来れるよね。」




女子社員たちが


噂をするのが


聞くともなしに聞こえてくるが。




「んじゃ、まず・・企画と打ち合わせしてから出かけようか。」


志藤は萌香に明るく言った。


「はい。」


笑顔で頷く。





この人も


大阪ではいろいろあったって


聞くけど。



それがどんなことだったのかは、わからないけれど。


あまり


いいことではなかったようだし。




だけど


今は奥さんや5人の子供たちに囲まれて


ほんまに幸せそうやし。



きっと


たくさん迷って


たくさん悩んで


今の幸せな生活を手に入れたに違いないから・・





萌香は志藤の横顔を見た。



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