第162話 不信(1)

南は事業部に戻ってきて、何となく斯波を伺ってしまった。


いつもと同じように一心不乱に無言で仕事をしている。



いつもと


変わらない感じなのに・・。




そこに電話が鳴った。


「あ、栗栖です。 南さんですか? 申し訳ないんですが、こっちでの仕事が押してるのでそちらには今日は戻れないと思いますので。」


「あ・・うん。 わかった、」



萌香にも


たくさん聞きたいことがあったのだが、それも言えなかった。





「あの・・」


南は斯波に話しかけた。



「え・・?」



ふっと顔を上げた。


「萌ちゃん、直帰するって。」


用件だけを伝えた。


「・・ああ。 そう。」


短い返事だけをしてまた仕事に戻った。




二人の間も


いったいどうなってしまったのか。


南は気になって仕方なかったが・・。




それでも斯波は萌香のことがすごく気になって、いつもより早めに仕事を切り上げて帰った。


すると。




え?



彼女のドレッサーの上がきれいになっている。


クローゼットを開けると、バッグや服が減っている気がした。



出て行った???



あの時


自分の前から黙って姿を消した彼女のことを一瞬にして思い出し、慌てた。



ドアを開けて外を出たとき、ふっと思いついて隣の部屋のインターホンを押してみた。


しばらくするとドアチェーンを掛けたまま萌香が顔を出す。



「・・すみませんが。 しばらくこっちにいます。」



「おい、」



「落ち着いたら。 ここも出て行きます。」



彼女の言葉に驚いた。



「あのなあ・・」



「・・私のことをそんな風に思っていたってことがショックでした。 あなたの言動がどうこうではなく。 信じていたのにって・・。」



「萌、」


「・・すみません、」


そのままドアをバタンと閉じられてしまった。


「萌!」


思わずドアを拳で叩いてしまった。




しかし


彼女はドアを開けてくれなかった。





志藤の行動も理解できず、それに追随する彼女の気持ちも理解ができず。


どうしていいのかわらかなかった。





一方。


志藤も帰宅し、



「おかえりなさ・・」


ゆうこは玄関までやってきて、ぎょっとした。



「ど・・どうしたんですか、その顔?」


志藤は慌ててハッと口元を隠した。



マスクをしていたのだが、息苦しくて外していたのを忘れていた。



「い、いや。 なんでも・・」


と、彼女の脇をすっと通り抜けようとしたが、



「なんでもなくないでしょう。 誰かに、殴られた?」


ゆうこの鋭い分析にドキっとした。



「・・ほんっと・・なんでもないから。」




今は


もうそれしか言いようがなかった。




「幸太郎さん、」




ゆうこは何も話してくれない彼にジレンマを感じ、こんなことは今までになかったので、激しく動揺してしまった。


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