第163話 不信(2)
何も言ってくれない志藤を心配し、翌日、ゆうこは昼休み南に電話を入れてしまった。
「ああ・・あたしもさあ、直接本人たちから聞いたわけじゃないんやけど。 なんかね、斯波ちゃんが志藤ちゃんのこと殴っちゃったみたいなの。」
「斯波さんが!?」
驚きだった。
「原因はよくわかんない。 それを目撃してた人たちが勝手に『志藤ちゃんが萌ちゃんに手え出した』とか噂しちゃって、」
「へっ!!」
それにも激しく驚いた。
一瞬、脳裏に
ありえなくもない!
と思ってしまった。
「ああ、それは噂・・にもなってるかどうかって話。 ただ、斯波ちゃん、今社長室に呼ばれてるの。」
南は声を潜めた。
「社長に・・?」
「真太郎も一緒なんやけど。 あたしもほんまの理由、わかんないの。」
斯波は社長の前に神妙な顔で立っていた。
「まあ・・周りが何かと騒がしいんで。 志藤を社内で殴った、と言うのは事実なのか?」
北都は
特に怒っている風でもなかったが、表情は厳しかった。
斯波は少し間を置いてから
「・・事実です。」
きっぱりと認めた。
「でも、何かわけがあるんでしょう? 事業部は本当にチームワークもよくて、内部のゴタゴタなんか一度も、」
真太郎は中をよく知るだけに、一概に納得できなかった。
「・・理由は、」
社長も斯波に問いかけたが
「・・・・」
斯波は黙ったままだった。
「志藤は、事業部だけの人間じゃなく。 取締役でもある。 その人間を殴った、ということはどういうことなのかわかっているのか?」
少し厳しい声で言われて、
「・・重々承知しています。 処分はいかようにも。 社長の意向に従います・・」
斯波はうつむきながらそう言った。
北都と真太郎はチラっと顔を見合わせて、小さなため息をついた。
それと入れ替わるように志藤が呼ばれた。
「・・斯波はおまえを殴った理由を一切話さない。 どんな処分でも受けると言っている。」
北都の言葉に
「え・・」
志藤は小さな驚きの声を出した。
「理由もなく斯波さんが志藤さんを殴るなんてありえないと思うんです。 それによっては厳重注意で終われることもあると思うし、」
真太郎は志藤に言った。
「斯波が、その理由を言わないのであれば。 おれからも何も言えません。 ・・悪いのはおれです。 処罰するならおれを。 斯波はおれの部下ですから。 部下のしたことはおれが責任を取ります。 取締役からも、下ろさせていただいても構わないと思っています、」
志藤はきっぱりと社長にそう言った。
「志藤さん、」
真太郎は納得がいかなかった。
「全て。 自分の責任ですから、」
自分の気持ちを確認するように志藤はまっすぐに社長を見た。
やっぱり
どんな理由にせよ
あの
斯波をそこまで怒らせたのは自分の責任だ。
志藤は上司としての責任をひしひしと感じていた。
それに・・
志藤は書類を持ってきた萌香の顔をチラっと見た。
「うん、これでいいよ。 ありがとう。」
クリアファイルを彼女に返した。
一礼してその場を去ろうとする萌香に
「・・あの・・斯波、とは・・」
と声を掛けた。
「・・もう・・あそこを出て行こうかと思って・・」
萌香の言葉に志藤は驚いた。
「え!」
「・・あの人があんなふうに思っていたなんて本当にショックでした。 私の過去はどうでもいいって言いながら。 ずっとあんなことを考えてたのかと思うと、」
萌香はうつむく。
「・・あれは・・斯波もカッとなって、」
志藤は思わず斯波を庇った。
「いいえ。 本音でしょう。 今は彼の部屋の隣にいますけど・・近々、引越しをしようかって・・」
おい!
ちょっとまて!
そんなになってんの!??
志藤は大いに焦った。
「く、栗栖。 落ち着いて。」
そう言ったが、萌香は一礼してその場を去ってしまった。
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