第152話 繋がる(3)

「・・『皇帝』を聴けてよかった。 想像していたより・・ずっと、」


斯波は声を詰まらせた。


「・・そっか、」


志藤は優しく微笑む。


「・・取材の申し込みが・・たくさん、来ていて・・」



あの男が


泣くなんて。



萌香がスッと志藤のデスクに紅茶を運んできた。


「・・ああ、ちょっと待ってて。」


志藤はそう言って、黙って携帯を彼女に手渡す。


「え・・?」


萌香は何事かと戸惑ったが、言われるがままにその電話に出る。


「・・もしもし、」


斯波は驚いて、


「萌・・?」




慌てて手で涙を拭った。


見えているわけではないのに、


ものすごく恥ずかしくて。



「・・公演、終わったんですね。 ・・よかった、」



「うん。 良かった・・ほんっと、良かった。 萌にも聴かせたかった、」


心からそう思えた。


「ええ、」



彼の声が


すぐそこにいるように聞こえて。


その感動も


すぐそこにいるように・・





真尋の体調が戻るのを待って、彼らが帰国したのは


公演から1週間ほど経ってからだった。



もう


日本は一番寒い時期を迎え、ロンドンも寒かったが、久しぶりの日本の寒さに


斯波は思わずコートの襟を合わせた。



「おっかえりなさーい!」


真尋を自宅まで送り届けた。


竜生がダッシュで飛んでくる。


「お~~! 久しぶり~! ただいま~!」


真尋は竜生の頭を撫でた。



「お帰りなさい、」


絵梨沙が真鈴を抱っこしてやって来た。



真尋は黙って真鈴を絵梨沙から取り上げるように抱いて、彼女を斯波にひょいっと手渡した。



「は?」


ワケがわからず真鈴を抱くハメになった。



真尋は待ちかねていたように


「・・ただいま~~!! 絵梨沙~!」


絵梨沙に抱きついた。


「ちょ、ちょっと・・もう・・」


絵梨沙は後ろの斯波が気になって、真っ赤になった。


「・・遠慮なく・・」


斯波は真鈴を抱いたまま、すうっとリビングへ消えた。


「しーちゃん! おみやげは~?」


竜生もはしゃいで後を追った。



「・・体は? 大丈夫なの? ほんと心配しちゃった。 あとから志藤さんから聞いて、」


絵梨沙は真尋を上目遣いに見た。


「そんなの・・ちょっとハラ壊しただけだし! 志藤さんはオーバーなんだよ、」


真尋は笑い飛ばした。


「でも・・なんか痩せちゃったみたい、」


「ま、ちょっとは緊張したから。 でも。 『あの時』と同じように弾けたと思うよ。 ううん、『あの時』以上の力を出せたと思う、」



絵梨沙は胸がいっぱいになった。


今でも


あの時の苦しくて必死だった時の気持ちを思い出すと


胸が締め付けられそうになる。


「絵梨沙にも・・聴いて欲しかった。」


真尋は彼女の頬に手をやってそっとキスをした。



私も。


ずっと


あなたのそばにいて


あなたのピアノを聴いていたい。



絵梨沙は彼の背中に手を回した。




「じゃ、おれはこれで・・」


斯波が帰ろうとすると、


「あ、斯波さん。 良かったら一緒に食事を。 今日はお義父さんとお義母さんから、階下で一緒に食事しようって、言ってくださって。」


絵梨沙が言った。


「いや、今日は家族団らんで。」


斯波はニッコリと笑った。


「でも、本当に斯波さんにはお世話になって、」


尚も引き止めようとする絵梨沙に



「ほら、斯波っちもさあ。 会いたい人いるから。」


真尋は意味深に笑って彼女の肩に手をやった。


「え・・、」


絵梨沙はハッとしたように。


「あ・・あ~、そう、ですね。」


ひきつった笑いを見せて曖昧に頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る