第115話 決意(4)

志藤は広告代理店から戻る途中、電車の中で携帯が着信をしたことを知らせるバイブを感じた。


地下鉄だったので途中で切れたが、その受信画面を見てそれが萌香からだということを知る。


慌てて次の駅で降りて、ホームで折り返し電話をかけた。


「もしもし? 栗栖?」


「・・はい・・」


「あ、あのな・・斯波が・・」


と言いかけると、



「会いました。」


「え?」


「私を探しに・・京都まで来てくれました。」



萌香はその事実を話しているだけで


胸がいっぱいだった。




昼食を採り、もう一度ホテルに戻り


斯波はシャワーを浴びていた。


「斯波が、」


志藤は身体の力が抜けていくようだった。




あんな手がかりで


よく・・



そう思うだけで胸が熱い。



「東京へ戻ります。」


「栗栖・・」


「また・・私を使っていただけますか?」


彼女の声に


「あったり前やろ・・。 めっちゃコキ使うで。 覚悟しててや、」


志藤はわざと明るく言う。


「・・ありがとう・・ございます、」


萌香はやっぱり泣いてしまった。





「え・・・見つかったの?」


志藤は会社に戻ってから早速南に報告した。


「ん。 ま~、何とかなるもんやなあ。 斯波があんな計算もなく飛び出して行ったのも驚いたけど・・ちゃんと見つけてくるとは。 愛の力はすごいなあ。」


ふと微笑んだ。


「戻って、来るの?」


「さっき栗栖から電話があった。 また、使ってもらえますか?って。」


志藤は嬉しそうに言う。


「そっかあ・・。」


南も何だか胸がいっぱいだった。



「斯波ちゃんの想いが通じたんや。 もう・・ほんまに良かった・・」


ちょっと泣きそうになってしまった。




東京へ戻って来るともう夕方の5時だった。


斯波は自分の部屋を開けて萌香を迎え入れる。


「大阪で使っていたものは処分してもらうことになったので。 また隣で使うものは少しずつ揃えます。 あとはそのままおいてあるし、」



萌香が言うと、斯波はふと彼女を見やって


「・・その必要は、ないよ。」


静かにそう言った。


「え・・」


「ここで・・一緒に暮らそう。」



いつもは


怖いくらいに


眼光鋭く光る彼の目が


すごくすごく


優しい。



「斯波さん・・」


萌香は少し呆然としつつ言った。


「・・もう・・隣でも暮らせない。 ここで・・一緒に暮らしたい、」



斯波はもう溢れるような気持ちを


止めることができない。



そして彼女をしっかりと抱きしめた。



「ここで・・?」


「うん。 萌と・・暮らしたい。」



やっと


安心して生きられる場所を


見つけた気がする。




萌香は彼の大きな胸に抱かれて


長い長い


旅を終えてきた


旅人のように


彼に全てを委ねて。



その晩は


彼女をゆっくり自分のベッドで寝かせてやった。


きっと


神経をすり減らした毎日で


精神的にもつかれきっていたにちがいない。


萌香はベッドに横になると


すぐに寝息をたてて眠ってしまった。



そんな彼女の寝顔を見て、そっと髪を撫でた。


それを見て安心し、


斯波はリビングのソファで眠った。

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