第116話 再出発(1)

「そうですか・・よかったですね、」


志藤は家に帰り、ゆうこにもそのことを報告する。


「まあな。 でも、十和田会長のこともあるけど・・」


「え?」


「もう、起きれないらしい、」


そう言われてゆうこも顔を曇らせる。


「でも・・彼女はそれにつけこんで逃げてきたわけやない。 ほんまに自由にしてもらったんや、」


「そうですね、」


ちょっとしんみりした。


「でも、彼女が来てから・・5ヶ月。 めっちゃすごい展開になったなあ。 まだ出会って間もないのに、斯波はあてもない彼女探しの旅に行ってしまうほど、恋に堕ちてしまったんやなあ、」


志藤が感心したように言うと、ゆうこはちょっと呆れたように、


「出会って3ヶ月で子供ができちゃった人たちもいるんですけど?」


と言った。


「そんなヤツいるの?」


志藤はわざとすっとぼけてオーバーに言った。


「出会って5ヶ月にはもう・・結婚ってまで話がいっちゃったんですけど~?」


ゆうこはいじわるっぽく笑って彼にずいっと近づく。


「・・人間な、時間やないって。 運命やんか、運命。」


志藤は笑った。





翌朝


いい匂いが鼻をくすぐる。


斯波は目を覚まして、むくっと起き上がると


萌香が朝食の仕度をしてくれている。


「あ、おはようございます、」


彼女はニッコリと笑った。


「すみません。 勝手に。 朝ごはんを、」


「・・ああ、いいけど・・疲れているんだから寝ていればいいのに、」


普段はコンタクトをしている斯波はそばにあったメガネを掛けた。


「冷蔵庫、空っぽやったんで。 今、近くのコンビニに買い物に行ってきました。」


「ああ・・ここんとこ外食ばっかだったし、」


「水しか入っていませんでした、」


萌香はクスっと笑う。


「少し落ち着くまで仕事は休んだほうがいい。 志藤さんには言っておくから。 いろいろあって疲れているだろう、」


朝食を採りながら斯波は言った。


「でも・・あまりごめいわくをかけては・・」


「いや。 無理をしないほうがいい。 志藤さんにはおれから言っておく。 部屋も・・二人で暮らせるように準備をしなくちゃ・・」


萌香は嬉しさいっぱいになって、


「はい・・」


と頷いた。





「お? 来たの?」



志藤は斯波の姿を見て


軽いリアクションでそう言った。


「あっ、あのう・・」


慌てて立ち上がると、志藤は彼の顔を見てにや~っと笑った。


「な・・なんの笑いですか?」


「惚れた女を連れ戻してきた男の顔は・・こんなかなあって・・」


と思いっきりからかわれ、斯波は真っ赤になって


「・・でっかい声で言わないでくださいっ!」


いきなり志藤の口を手で押さえた。




二人は応接室に入る。


「そやな。 いろいろあって精神的にも疲れてるやろから。 1週間くらい休ませたら? 総務には引き続き言うとくし。」


「休職してヘンな噂とかたってませんか?」


「ああ、別に。 ちょっと事情あって実家に戻ってるって言うてあるし。 何も、」


「そうですか、」


ホッとした。


「彼女、おまえんとこのマンションに戻ったの?」


斯波はそれにちょっとテレながら



「・・一緒に・・棲むことになって・・」


と言った。


「は?」


聞き返されてしまって、さらに赤くなり


「・・だから、一緒に棲むことになって、」


なかばヤケになってもう一度言った。


「あ~・・そうなんや、」


とまたニヤつかれ、


「いちいちニヤつくのやめてくれませんかっ?」


「いや~。 めでたいやんかあ。 人生おもろいことあるんかって感じやったおまえがな~、」


ウンウンとうなずく。


「おもしろがらないでくださいっ、」


このことに関しては、正直もうイジられたくなかった。


「こ・・このことは・・まだみんなには言わないで・・ください、」


うつむき加減に言うと、


「え~? どうかなあ。 あのおしゃべりオバチャンが知っちゃったからなあ~。」


志藤はわざと意地悪くそう言った。


「は・・」


「南が知っちゃったら、もう一気に広まるやろなあ、」



そうだった・・


あの携帯の一件で


彼女の知るところになってしまったのだった。


斯波はゾッとした。


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