第99話 晩夏(4)

いや、別に


携帯を貸すくらい


どうってことないのだが。




南はあまりにも彼が必死で怖くなってそう言ってしまった。



「あ・・ごめ・・。」



斯波は一気に、力が抜けていく。


「どういうこと?」


南が逆に質問すると、



「・・いや、なんでもない・・」


斯波は力なくそう言った。


「なんでもなくないやん。 なに?」



南の携帯を使って、萌香に連絡を取ろうとするなんて


あまりにも短絡的で


恥ずかしくなってきた。



斯波はくるっと背を向けて、そのまま立ち去ろうとする。


「ちょっと!」


南は追いかけて斯波の腕を掴んだ。


「気になるやん、」


と言われて、彼女を見るが



今は


とても彼女に萌香のことを話す勇気はなかった。



尚も押し黙る斯波に


「・・わかったよ。 いいよ。 使って。」


南は黙って自分の携帯を渡した。


「え?」


「別に悪用するとか思ってないから。 斯波ちゃんのことは信じてるし、」


「いやっ・・」


もう恥ずかしくてどうにかなりそうだった。


「あとで返しといて。」


と、南は理由を聞かずにその場を去った。




斯波は


こんな手段をとる自分が情けないと思いつつ、南の携帯から萌香に電話をした。



なかなか出なかった。


しかし


諦めかけた時、プツっと繋がった。




「・・もしもし? 南さんですか?」


萌香の声だった。



もう


それだけで胸がいっぱいになり・



「もしもし?」


彼女の問いかけに、



「・・あっ・・おれ・・」


斯波はやっと声を出せた。



その声に萌香は激しく驚き、


「え・・」



その声の主が


斯波であることがすぐにわかった。



「ごめん・・おれが電話をしても出てくれないから・・南に借りて・・」



カッコ悪い言い訳をしてしまった。



萌香はジッと黙ってしまった。



「切らないで! 聞いてくれ。 おれは、本当に・・本気だから! おまえのこと、待ってるから、」


斯波は必死にそう言った。



「・・・」



萌香はまだ黙っていた。



「もう、何もかも。 おまえが解決したら・・全てを受け入れるから・・。」



こんなセリフ


今まで生きてきて


たぶん一度も発したことがない。



「・・ごめんなさい、」



萌香は小さな声でそう言って、電話が切れた。



「もしもし!?」



斯波は虚しく切られた電話の音を聞きながらも


問いかけずにはいられなかった。




しばらくして


スーッと事業部に戻ってきた斯波は


南のデスクに彼女の携帯だけ置いて、幽霊のように自分の席に戻った。



「え?」


南が何も聞く暇もなく




またも、


ガリベンくんのように、机に食らいつくように


仕事を始めた彼を、半ば唖然として見てしまった。




前から


何考えてるかわかんないトコあったけど。




今の斯波は


ますます


わからなかった。

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