第98話 晩夏(3)

彼女のことで


毎日


頭がいっぱいで。


仕事をしていても


手だけが動いている感じで。




ずっと一人だったから


一人が当たり前だったから


寂しいだなんて一度も思ったことはなかった。




だけど


シンと静まり返った部屋に帰ると




すごく


寂しい。





たまに


寝付けないときは


母親が置いていったバーボンを少しだけ飲んだり。




斯波は


萌香に会えない寂しさで


恋の病に陥ってしまったようだった。




そんなある日。


静かな昼休み。


斯波は依頼された音楽雑誌のコメントの記事を書いていた。



元々、編集の仕事をしていて、フリーで評論を書く仕事をしていたので会社勤めをする今も


頼まれて何本もそういう仕事が舞い込む。





「あ~、夏も終わりやなあ・・」


窓辺に座った南が頬づえをついて言う。



「そら、いつかは終わるわな・・」


志藤は彼女に興味なさそうに本を読んでいた。



「萌ちゃん・・どうしてるかな、」




南のつぶやきにも似た言葉に


斯波はピクっと手が止まった。




「おれもここんとこ連絡取れへんし。 気になって大阪にも行きたいけど、忙しいし。」


志藤は言った。




「そう言えば。 この前、あたし萌ちゃんと電話で話したんやで、」


南は思い出したように言った。




斯波はさらに耳だけダンボになっていた



「10日くらい前かなァ。 気になって電話したら、出てくれたの。」


南は嬉しそうに話す。



「へえ、そうなんか。 元気にしてた?」


「うん。 でも・・めっちゃ謝ってた。 迷惑かけてごめんなさいって。」



おれの電話には一度も出てくれたことがないのに・・



斯波はかなり狼狽していた。





「あたしの思いあがりやなかったら・・萌ちゃん、きっとあたしにも心を開いてくれてるんやないかなあって。 ほんまにつらいことあったらいつでも言ってって、言うたん。」



「そっか。」



「まあ、早く帰ってきてってのは・・NGワードやけど。 でも、待ってるよって、」


南は笑顔でそう言った。



「・・そやな。 今は、もう待つしかないなあ・・」


志藤はふうっと息をついた。



なんだか


もう仕事が手につかなかった。




南は志藤との雑談を終えて、休憩室でコーヒーでも飲もうと部屋を出る。



斯波はそれを見計らって彼女を追った。



「南!」



すごい勢いで呼び止められて、南は驚いて振り向いた。



「え? なに?」



「ちょっと!」



彼女の腕を引っ張って階段の影に連れて行く。



「なに??」


南はその彼の異様な雰囲気に怪訝な顔をした。



「携帯!!」



「は??」



「携帯! 貸して!」



斯波はもう自分さえも見失っていた。



「はあ??」



「だからっ! おまえの携帯を貸してくれっ!!」



思わず


彼女の両肩をひっつかんで力を込めた。



いつもの


数倍怖い顔で。



ちょっと間があって、


「そ、そんなん! いっくら斯波ちゃんでもいきなり携帯なんか貸せないって!」


南は言った。




その言葉に


斯波は、ハッと我に返った。

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