第76話 鬱屈(2)

まあ


結局。


なんの解決にもならなかったのかもしれへんなあ・・



志藤は彼の淹れてくれたコーヒーを飲みながらそう思った。


「よかったら、シャワーを浴びてください。」


斯波はそう言った。


「ああ・・うん・・」


「服も。 良かったらおれの貸します。」


と言われて、苦笑いをして


「おまえ、ラフ以外のカッコしてることないやん。 おれ、そんなんで会社行かれへんわ、」


と言った。


「まあ・・そうかもしれませんけど、」



泣きそうな顔で


栗栖への想いを口にした男と


同一人物やろか



と思ってしまうほど


彼はいつもの通りだった。




その夜


萌香は何日かぶりに


自宅に戻ってきた。



すると


ドアノブに紙袋がかけてあり


そこに、新聞が入っていた。



・・?



その紙袋にメモが貼ってある。



『何度か宅配便の不在票が入っていました。 留守であることを連絡をしておいたので、戻ったらまた電話をしてください。』



見慣れた字だった。




斯波が8時ごろ帰宅すると、それを待っていたかのように


インターホンがなる。



「はい、」


と出ると、



「栗栖です・・」



その声で


胸がときめいた。


「何日も留守をしてすみませんでした。 新聞もきちんとしてくださって。 荷物のことも連絡しましたから、」


萌香はうつむきがちに斯波の部屋の玄関先でそう言った。



彼女が帰ってきたことが


こんなに嬉しいなんて


思わなかった。



斯波は自分のこの気持ちに驚いていた。




「・・戻って・・来たの、」



思わず口をついて出た。


「・・え?」


萌香はやっと自分を見てくれた。



「・・ここにいてもいいの?」




なぜ


彼がそんなことを言うのか。


彼女は理解できない。



それでも


彼の真剣なまなざしに


気持ちが


溢れて



「・・私は・・いたいです。 ずっと、」




何かに


とり憑かれたように、小さな声でそう言った。




もう


胸が


悲しくなるほど


いっぱいで。


この気持ちをどうあらわしていいのかもわからずに。



「ダメ・・ですか?」



濡れたようなその瞳で見つめられて



「・・ダメなんかじゃないけど、」



斯波は


だんだん制御不能になりそうな


自分の心をコントロールしようと必死だった。



「あの人は・・何も言わないの?」


「引越しをしなさいとは言うけど。 私はどうしてもここにいたいって・・そう言いました、」




『どうしても』




その言葉が


斯波の心を突き動かした。



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