第68話 ともしび(1)

絵梨沙と真鈴もやってきて、にぎやかな夕食になった。


「竜生~。 おまえ、萌ちゃんにあんまくっつくなよ~、」


竜生は図々しく萌香の膝の上に乗って離れない。


真尋は子供相手にも、敵対心むき出しで言った。


「やだ、」


竜生にあっさり拒否をされ、


「ヤダ!って、なあ・・」


「栗栖さん、ごめんなさいね。 竜生、お姉さんがお食事できないわよ。 こっちいらっしゃい、」


絵梨沙がたしなめた。


「いえ。 大丈夫です。」


萌香はニッコリ微笑んで竜生の頭を撫でる。


「あ~、おれも子供になりて~、」


真尋は思わずそう言った。


「あんたの子やなあって感じ、」


南も笑う。




こんなに大勢で


楽しく食卓を囲むのは


初めての経験かもしれなかった。


萌香は戸惑いながらも


この空間が


あまりに居心地がよく


幸せな気持ちで


ゆるやかに過ごせる気がして


自然と表情も柔らかくなる。



「ねえ、今日さあ、泊まっていかない? 着るもの貸してあげるから、」


南が萌香に言う。


「え・・」


萌香は驚いた。


「あんたのじゃあ、小さいって、」


真尋はアハハと笑った。


「う・・。 まあ、確かに・・」


「私のをお貸しします。 よかったら、」


絵梨沙が言った。


「え、でも・・」


楽しい時間ではあるのだが


そこに身を預けていいのか


それさえも彼女にはためらわれた。


「ほら、ここんち部屋だけはいっぱいあるからさ。 遠慮しないで、」


真尋がそう言ったので、


「おまえが言うなよ、」


真太郎は笑ってしまった。




そして、


「よかったらどうぞ。 栗栖さんが東京へ来てからは話をするのも初めてだったし。 ぼくも事業部の人たちとは仲良くさせてもらって。 ほんと志藤さんがみんなをよくまとめていて、いい部署だって社内でも評判で。 事業部ができて8年くらいになりますけど、業績もすごく伸びていて社長も期待しているんです。」


とにこやかに言った。


「それはおれのおかげじゃないの?」


真尋がまた横から首をつっこむ。


「図々しいわよ、」


絵梨沙が苦笑いをしながら彼をたしなめる。



萌香は静かに微笑みながら


「本部長は・・私のことも本当にきちんと考えてくださって。 こっちに来たばかりのころは、自分のことしか考えていなかった私のことを・・優しく導いてくださって。 あの人の下で仕事ができることを、本当に幸せに思います。」


と言った。


「じゃあ志藤さんの秘書の件は受けていただけるんですか?」


真太郎の問いかけに、


「それは・・もう少し考えさせていただいて・・」


萌香はうつむいた。


「え! なに、志藤さんの秘書って! ちょっと~、あぶなくね? あの男、ほんっといい女みるとすぐアプローチだからさあ、」


真尋がゴハンをかきこみながら言う。


「それはあんたやって、も~、」


南が真尋の後頭部を叩いた。


また食卓が笑いに包まれた。


「あ~あ。 また明日斯波っちのチェックが入るんだっけ、」


真尋は思い出したようにそう言って、ロコツに嫌な顔をした。


「もうリサイタルも近いんだから。 斯波さんも心配しているのよ。」


絵梨沙は言う。



斯波の名前が出ただけで


萌香はどぎまぎしてしまう。



「あいつさあ、ほんっと・・鬼みてーなんだもん。 素直に褒めないし。」


「昔の志藤ちゃんみたいやな、」


南は笑う。


「まあ、志藤さんも厳しかったけど。 あの人は自分勝手にばーってしゃべるだけしゃべってこっちに何も言わせずに、ハイ終わり、だろ? 斯波っちはさあ、ぜんっぜんしゃべんないし。 でも、怒るとすんげえ怖いし・・」


「子供だな、」


真太郎は笑う。


「真尋はさあ、ギリギリになるまでちゃんとやらないから、よく志藤ちゃんが練習室で靴べら持って喝入れながら見張ってたの。 それがさあ、もう猛獣使いみたいでさあ、」


南は思い出しておかしそうに笑って萌香に言う。


「斯波ちゃんはそういうのはないけど。 でも、黙ってるだけに怖いんだよね~、」


萌香は複雑そうに苦笑いをしてうつむいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る