第38話 守る(2)

この人・・


全部、わかってるんじゃないか?



志藤がそう疑いたくなるほど


北都の答えはあっさりとしたものだった。


「理由を、聞かないんですか?社内の審査では文句なかったのに、」


なんだか悔しくなって墓穴を掘るようなことを口にしてしまう。


「まあ、おまえは。 あさはかなことはしないと思うから。」


「え・・」



ちょっとジンとした。



いっつも


いっつも


自分に嫌味を言うのが、この人の楽しみなんじゃないか、と思うほど


ホント、社長と言えども何度カチンときたことか。


そんなふうに


自分のことを思ってくれているとは思わなかった。



「会長には・・おれから話をします。 こじれないように、うまく。」


最後の意地でそう言ってしまった。




「おれも大阪に行きます。」


斯波は出かける仕度をしている志藤を見て言った。


「おまえはいい。 こっちの仕事もあるし。 とりあえず、明日行ってくる。」


電話で断るにはあまりにも


十和田の思惑を計り知れず


志藤は直接会って彼に断ろうと思っていた。



しかし


斯波を連れて行ったら、彼は何を言い出すかわからない。


萌香の過去のことを。


たぶん


彼女は斯波には


絶対に


知られたくないはずだから






斯波は真尋のスタジオに行き、あさってのテレビ番組収録で弾く曲の確認に行く。


ショパンの『英雄ポロネーズ』か


派手な曲だけど


あんまり真尋には合ってないかな・・


テレビ局側の指定だったけど。



斯波はぼーっと聴いていた。


「ん~~、」


弾き終わった彼に斯波はピアノに肩肘をついて冴えない顔をした。


「・・いまいち~って顔だなあ・・」


真尋はおもしろくなさそうにピアノのフタを閉じた。



「やっぱり変えてもらおうか。 おまえってホントこういう曲・・合わないよな。」


「ま・・おれも、あんま得意じゃないけど。 派手なの弾いてくれってゆーから、」


「同じショパンでも・・バラード1番とか、」


「バラード1番かあ。 斯波っち、プロデューサーに言っておいてよ。 そっちのがまだマシだ、」


「う~~ん、」


「なんかシケた顔してんなあ・・。」


「え?」


「いつも面白くなさそうな顔してっけど。 今日はいつも以上だよ、」



ドキンとした。



例の麗明会の会長のことが気になっていた。


志藤は自分に任せるように言っていたが。


「なんか煮詰まっちゃって気分わりい。 ねえ、遊びに行かない?」


真尋はタバコに火をつけて言う。


「遊びにって。 こんな状況なのに。」


「そーなんだけど。 気分変えたいっつーか。 クラブがいいかな。 それとも、ナンパすんの面倒だからキャバクラでも行こうか、」


と笑った。


「バカ、」


斯波はため息をつく。


「斯波っちってそーゆートコ遊びに行かないの?」


「行かないよ。 ・・バカバカしい、」


「女にもあんま興味なさそうだしね。 てゆーか、男のが好きとか?」


とからかわれて、前にも志藤と南からそのことで散々つっつかれたことを思い出し、


「だからさ・・。 ほんっと、そっちも興味ねえし、」


答えるのも面倒だった。



「33だろ? 彼女、なんでいないの?」


「なんでとか言うなっつの、」


つまんない質問ばっかしやがって。


「まさか、童貞?」


などと言い出し、


「はあ?」


本気で殴りたくなった。



真尋はジーっと斯波を見てから、


「・・んなワケねーか、」


一人で言って一人でウケていた。


「バカ・・。」


頭が痛くなってきた。

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