第31話 決断(1)

斯波はいつもよりいっそう無口になってしまっていた。


「どうした?」


彼の様子がおかしいことに気づき、志藤が聞いた。


「・・あの。 この話は通るんでしょうか、」


ようやく言葉が出た。


「え? まあ・・問題はなさそうやな。 会長もホンマ紳士って感じやし。」


新しい大物スポンサーの出現に志藤は嬉しそうに言った。


「ちょ、ちょっと待ってください。 そんなに簡単に、」


「何を動揺してんだ。 おかしいぞ。 さっきっからずうっと黙って、」



何から話せばいいんだ。


あの人が北都フィルのスポンサーになると言い出したのは間違いなく


彼女のことと関係がある。


どう考えても


何かある。



斯波は帰りの新幹線の中でもずっと考え込んでいた。



「あの・・」


東京に近づいた頃、ようやく意を決したように斯波は志藤に話しかけた。


うとうとしていた志藤は彼を見る。



「・・や、やっぱり・・この話は受けないほうが・・、」


「え・・?」


「なんか、受けてはいけない気がします・・」


「おまえ・・おかしいぞ。 ほんまに、」


志藤は怪訝な顔をした。




「・・彼は、十和田会長は・・栗栖のパトロンをしている男です、」


思い切ってそう言った。


「は・・」


志藤は唖然とした。


「彼女を・・まだ追っています。」


「斯波、」


「よくわかりませんが。 彼女は事情があって、あの人に生活の面倒をみてもらっていたようです。 学校も出してもらったって、」


「ほんまか?」


志藤の顔色が変わった。


「栗栖はあの人と切れたがっています。 あの人がこの話を持ってきたことと無関係とは思えません、」



斯波の言葉を理解するために


「ちょ、ちょと待て・・最初から話せよ、」


志藤も慌てた。


「おれ・・あの会長が東京に出てきた時会社の前で会ってしまったんです。 彼女を追って来たようだったんですが、栗栖は行きたくなさそうだったからその場でウソをついて会社に連れ戻しました。 その時に彼女から事情を聞きました。 住んでいるマンションも彼はわかっているので、待ち伏せしているかもしれないと思ってとりあえず・・ウチのマンションがひとつ空いていたので。 それで。 そうしたら、栗栖はそこに住みたい、と言い出したので、引越しを手伝いました、」



斯波は一気に彼女とのいきさつを話し始めた。


「そうやったんか。」


「すごく・・すごく逃げたがっているようで。 彼女が。 いつかはわかるだろうけど、ウチのマンションにいれば、少しは落ち着くんじゃないかって・・」


「うん・・」


「さっきの話では、個人では破格の金額のスポンサーになりえる人です。 北都フィルにとっては本当にありがたいことですが、これを受けてしまうと・・」


珍しく


斯波は狼狽していた。


「社長の知り合いの紹介だ。 実際、断ることは、彼女のことを全て話さなくてはならなくなる。 いち女子社員のことでこの話を断れるか・・」


志藤の言葉に斯波は黙ってしまった。


「彼女が専務との騒ぎを起こして東京に来たことは社長はもちろん知っている。 これ以上彼女がトラブルを抱えてるとわかったら・・また事業部から異動、ということになることも・・」


志藤の言葉に斯波はハッとした。


「あの人は・・栗栖を追いつめようとしているんでしょうか、」


「え?」


「こうやって断れない状況を作って・・彼女に近づくか、または断らせて彼女のことを公にするつもりなのか・・」



あの紳士然とした会長が


そんなことを考えていた?



志藤はとても信じられない。



斯波は彼女の言葉を思い出す。



『・・お金がないなら、お金の有り余っている人からもらえばいい。 ムダに遣うなら私に遣って欲しい。 そう思うことがどうしていけないの・・?』



あんなに悲しい言葉を


初めて聞いた。



「彼女は・・あの人から・・逃げてきたのに、」


斯波はボソっとそう言った。


「おまえは・・栗栖をどうしたいの?」


志藤の突然の質問に、


「え?」


驚いて彼を見た。

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