第22話 秘密(2)
自分のマンションの隣の部屋を貸しただけで
なんでもない。
おれが彼女にしてやれることは
もう何もないんだ。
『深入りしないほうがいいと思うで、』
志藤さんが心配するようなことなんか
ひとつもない。
でも・・
彼女の心の中の叫びが
聞こえてきてしまう。
『助けて』って
言ってる気がして。
「斯波さん、よかったらお食事どうですか?」
久しぶりに真尋の自宅に様子を見に来た斯波は絵梨沙から声をかけられた。
「え~? 絵梨沙~、斯波っちは忙しいんだよ? 誘っちゃダメだって、」
真尋はちょっとおもしろくなさそうに言う。
すると斯波はいつものように冷たい視線を彼に浴びせ、
「おれがいるとイヤそうだな。」
と言った。
「え、そんなこと、ないけど~、」
「んじゃ、ごちそうになろうかな。 沢藤絵梨沙の手料理を、」
いつもの仏頂面でそう言った。
「ったくセーカク悪いな、アンタって、」
真尋はぶーたれていた。
志藤が取締役になり、彼よりも斯波とのかかわりが増えてきて。
真尋は斯波が事業部にやってきた時から何となく彼が苦手だった。
志藤もピアノのことになるとめちゃくちゃ厳しかったが
斯波はそれ以上で。
しかも
志藤のようにナンパっ気がなく
冗談のひとつも言わないし。
隙がなくて
なんでも見透かしたようなその顔で。
「どうぞ、」
絵梨沙はにこやかに食事を運んできた。
「ありがとう、」
それを口に運ぶ。
海外生活の長い彼女だったが、和食が得意でたまにごちそうになるゴハンはいつも美味しかった。
ピアニストは料理をするのも気を遣うものだが
彼女は両親が幼い頃に離婚して
母親と二人暮しが長く、いつも食事を作るのは彼女の役目だったと言う。
ふっと
萌香のことを思い出してしまった。
失礼だが
彼女の外見から判断してしまうと、とても想像がつかないくらい
あの料理は美味しかった。
『自分でやるしかないですから、』
そう言ったときの彼女の寂しそうな顔が浮かんだ。
「あ~、絵梨沙のメシはうまいな~。」
真尋がオーバーに喜ぶ。
「斯波っちも黙々と食ってねーで、なんか感想言えよ、」
と文句を言うと、
「ああ。 うまいな、」
ボソっとそれだけ言った。
「そんだけかよ・・」
悪態をつく真尋に
「真尋ったら、失礼じゃない。」
絵梨沙はキッチンからたしなめた。
その時、ベビーラックに寝ていた真鈴が泣き出した。
斯波は父親の真尋よりも先に立ち上がり、真鈴を抱き上げた。
「あ・・すみません、」
絵梨沙は慌てて手を拭いてキッチンからやってきた。
「いいから。 見てるから大丈夫。」
あの怖い顔で優しく真鈴を抱くその光景はちょっとアンバランスで。
絵梨沙はちょっと微笑ましく思えた。
「そうそう。 絵梨沙は料理を続けてて、」
真尋が図々しく言ったので、
「もう、どっちが父親よ、」
絵梨沙は膨れてそう言った。
ピアノにはものすごく厳しくて
さすがの真尋も音を上げてしまうほどだけど
本当はすごく優しい人なのよね・・
無口で何を考えているかわからないところもあるけど
真尋のことも
本当にわかってくれて。
絵梨沙は斯波を見てふっと微笑んだ。
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