第21話 秘密(1)

斯波はいつものように誰よりも遅くまで仕事をし帰ろうとしていた。


志藤はそれを待っていたかのように、


「あ、斯波。 ちょっとメシ行かない?」


と声をかけた。


「え・・」


少し驚いたように彼を見る。



「予定ある?」


ニッコリ笑いかける彼に、


「い、いえ・・別に。」




二人で


飲みに行くのは初めてかもしれなかった。


仕事上はともかく


プライベートでは


真反対の位置に居ると思われる二人は


特に親交を深めることもなく。


お互いを認め合いながらも


相容れることはなかった。




「なあ。」


いつもの焼酎バー『新月』のカウンターに座った。


志藤はお気に入りのいも焼酎を飲み、斯波はウーロン茶だった。



「栗栖・・おまえのマンションに住んでるの?」


ズバリそう言われて、


「え、」


斯波は驚いた。


「今日・・ちょっと書類上の手続きがあって。 ・・偶然?」


しばしの間があった。



そして、


「し・・知りませんでした。 おれも、」


つい口からでまかせを言ってしまった。



動揺丸出し・・。



志藤はおかしくなってしまった。


「おまえって、結構ウソつけない性格なんやなあ。 意外。」


軽く笑ってしまった。


「えっ!!」


また驚いて彼を見た。


「また・・もー・・、」


さらにおかしくなってきた。


「おまえ、ずうっと前におれに言ったの忘れたの? 自分がいるマンションはおばあちゃんからオヤジさんが相続して、いまはオーナー代理として自分が管理してるって。 知らないわけないやろ、 もっとマシなウソをつけ。」



冷静に考えれば


自分がオーナーをしているも同然のマンションに


どういう人間が入ってきたかを知らないなんて


ありえなさすぎる。


斯波は自分の浅はかなウソに、赤面してしまった。



「まあ、どういう事情かはわからへんけど。 彼女には深入りしないほうがええと思うで、」


「深入り?」


「彼女・・畠山専務と不倫してたってことよりも。 なんかもっともっとすんごい過去あるんやないかなあって。 思うことあって。 勘やけど。」



ドキンとした。


「すんごいキケンそうな香りがプンプンするねん。 この百戦錬磨のおれが言うんやから、間違いない。」


志藤は自信たっぷりにそう言った。



あまりの彼の鋭さに


斯波は自分の心の中まで読まれているのではないか、と思い


思わず胸を押さえた。



おれだって


彼女が畠山専務と不倫してこっちに飛ばされてきたことは知っている。


そのほかに


大物の愛人がいることも知ってしまった。


彼女はどんなつもりで


『愛人』を二股にかけていたのか


そんなことまで


とても聞けるような雰囲気ではなく。


自分も


彼女にどこまで踏み込んでいっていいのやら


見当もつかないのも事実だった。




「か・・彼女が引越しをしたいと言うので・・たままたウチのマンションに空きがあったので、声をかけただけです。それだけです、」


斯波は平静を取り戻し志藤に言った。



「そう、」


志藤はそれ以上のことは聞かなかった。



引越しをしたい、というプライベートなことを相談される・・



あの彼女にとってそれだけでも


すごいことのような気がする。



志藤は鋭い勘で


この二人の今の状態に考えをめぐらせていた。

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