第15話 一面(4)

「なんかさあ、斯波ちゃんの恋バナとか聞きたいよね~。 ほんまに自分のことしゃべらないし、」


南は酔ってきて調子に乗ってそんなことも言い出した。


「いいじゃん・・別に。 そんなの、」


斯波はもう話題を変えたかった。



「ねえ、過去・・つきあった女の子くらいはいるよねえ?」


南は斯波にぴったりくっついてにじりよった。



志藤は斯波が困っている顔を見るだけでおかしくて、笑いをかみ殺しながら酒を飲んでいた。



「ひょっとして、女嫌い?」


南の指摘に彼はちょっと動揺したような目をした。



「女嫌いって・・わけでもないけど、」


斯波はちょっとだけビールに口をつけた。



だけど。




『清四郎、ごめんね。 あたし、お父さんと結婚したの間違ってたみたい。 あんたをつれていってやりたいけど。あたしと一緒にいたら清四郎ピアノ続けられないもん。 だから。 お父さんとおばあちゃんのところにいるのよ。お父さんはどうせ女のところに行くんだから、もう殴られることもないわよ、』




母親からそう言い残されて


父の家においていかれた。


言いようのない寂しさで


9歳の自分は


両親に捨てられたって


思ってた。


自分が生んだ子供を


暴力を振るうようなオヤジのもとに置いていく母親。


家庭のあるオヤジと


平気で不倫をする愛人。


女なんか


何を考えてるのか


ひとつもわからない。


つきあった女はいたけど


本気でそいつを信じきることができなくて。


そんなおれに愛想をつかして


みんな離れていく。


おれは


おいかけることは絶対にしなかった。


女にしがみつくなんてまっぴらだ。



斯波はタバコに火をつけた。



「ほんまに。 めっちゃ・・いい男なのに。 もったいないなァ。」


南はそんな彼の横顔を見ながらつくづく言った。



「人のことはどうでもいいの。 おれに構うな、」


斯波は彼女をチラっと見て、フンとちょっとだけ笑った。



「おれも総務の女の子とランチするときに何回か言われたことあったもん。 今度斯波さん連れてきてくださいよ~って。」


志藤は笑った。


「でも、なんか悔しいから、『あいつ女に興味ないで。』って言っといたから、」


「はあ??」


「もういっそのことそういうことにしておけば? めんどくさくなくてええやん、」


「よくないですよっ!」


「志藤ちゃんさあ、自分よりモテる男がいるとめっちゃヤキモチ妬くの。ほんま心狭いやろ? もうウチの真太郎にもめっちゃ張り合うしさあ、」


「ジュニアよりおれのがモテるもん、」


志藤は子供のように膨れた。


「もうさあ、いいかげん枯れたほうがいいよ。」


南の言葉に斯波は思わず苦笑いをしてしまった。


「おまえも、笑うな。」


志藤は斯波をジロっと見た。




その店を出てエレベーターで降りて出口に向かうと、


「ありがとうございました~。 また、絶対に来てね~、」


バーのママらしき女性が客を送りに出ていた。


その女性が戻ろうとしてくるっと後ろを振り返ったとたん・・



「あっ・・」


斯波も


その『ママ』も


固まった。


「・・清四郎?」


斯波のことをそう呼ぶこの女性に志藤も南も驚いた。

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