魔王ケンタ君の憂鬱なる日々

流々(るる)

昏き水の底から

 どれ程の時が経ったのであろう。




 われはどこにいるのだ。


 頭がふらついて記憶が霞んでおる。

 四肢てあしにも力が入らぬ。

 いったい何があったというのだ。


 狭い空間、なのか。

 脚を伸ばそうにも何かにぶつかる。

 仄昏ほのぐらい。

 視力は失っておらぬようだが、まぶたが開かぬ。

 なぜだ。


 この感触は。

 どうやら水の中らしい。

 翼も失ったようだ。

 まぁよい。すぐに再生するであろう。


 いや、まて。

 なぜ再生するとのだ。


 そう、確かに我の四肢や翼は再生する。

 その記憶が内なるモノに刻まれている。

 我は何者か。

 散らばっていた欠片が一つ、また一つと集まってくる。


 それにしても窮屈なところだ。

 我が魔力なら、いとも簡単に破壊できるはずなのだが。


 魔力、か。

 懐かしい響きだ。

 おぼろげながら記憶が形となりつつある。




 そうか、我は魔王。

 魔なる者たちの支配者として、そう呼ばれていた。


 あの時か。

 すべての記憶が我の元へと戻った。




 異世界から現れた者、民たちは勇者と呼んでいた、かの者が我が城へと攻め込んできたあの日。

 しもべたちも次々と倒され、ついに玉座の間へと彼奴きゃつは足を踏み入れた。

 今までの相手とは違う、すぐにそう感じ取ったのは彼奴も同じであったろう。

 伝説と言われた、オリハルコンの剣による攻撃はなかなかのものであった。

 小煩い仲間どもの補助魔法や回復魔法も、彼奴の助けとなったに違いない。


 個の力として彼奴に劣っていたとは思わない。

 しかし我は敗れた。

 翼を切り落とされたことまでは覚えている。




 記憶は戻っても、四肢の自由は戻らない。

 魔力も使えぬままだ。

 呪文を唱えることも、手を開くことさえできぬ。


 封印、されたのか。


 そう考えれば合点もいく。

 ならば、ここに満たされているものは聖水であろう。

 自ら封印を解くのは困難だが、聖水さえなければ少しは力が戻るはず。

 何とかしてここを出ねば。


 自由の利かない四肢を動かし、体の向きを変えながら周囲の気配を探る。

 ふと、外から音が聞こえた。

 誰かいるのか。

 何かを話しているようだが、聞き取れない。 


 その時、かすかな光を感じた。


 我の封印を解きに来たしもべたちなのか。

 開かない瞼越しに一筋の光を感じ取りながら、差し込んでくる方へと四肢を動かしていく。

 この閉ざされた空間から出られる。

 確信をもって、少しずつ少しずつ移動していく。

 思うように動けないのがもどかしい。

 しかし、あと僅かであろう。

 外の音が大きくなる。


 と、突然、光の世界へと飛び出た。




   *   *   *




『元気な男の子ですよ』




 聞いたこともない言葉が遥か上方から聞こえてくる。

 ここはどこだ。

 巨人族の地か。

 大勢の気配はするが、我を助けに来たしもべではないのか。

 だめだ、四肢に力が入らん。


 くそーっ!

 そう叫んだつもりだったのだが。


『うぁぎゃー』

『まぁまぁ、元気な泣き声ね』


 この不思議な世界における我の憂鬱なる日々はここから始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る