それでもこの冷えた手が

新吉

第1話 それでもこの冷えたてが

 冷たいけどそれでも



 五本の指の先は

 ひえびえと

 さらに乾燥して

 ささくれだち

 指の仕事は忙しい

 ボタンを押す

 タッチパネルを触る

 キーボードを叩く

 エンターキーを特にいじめる

 他にもたくさん


 手のひらだって忙しい

 握手をして

 拍手をして

 何かを叩いて

 何かを撫でて

 持ったり投げたり

 押したり支えたり


 手の甲は

 他よりはちょっとは暇かな

 ああでも

 熱を測ったりする

 試しに塗ってみたりする


 こんなに手を使うのに

 どうしてそんなに冷たくなるんだろう

 ね?



 熱く語っていた彼。急に私に話をふる。



「冷え性だからよ」


「つまらない答え」



 彼が話しているのは私の手足のことだ。私が寒い寒いと着込んでいるのを嫌がっている。エンターキーを強く押す癖も。旧式のパソコンを使っているのもその理由の一つだと思うけど。

 急に彼の中で熱が冷めたようで語るのをやめる。この冷えたてがチャンスだ。



「あのね」


「んー?」


「今度の休みは出かけない?」


「今度はダメ」



 残念だけど仕方ない。彼は忙しい。彼は天才科学者。私の友だちの命の恩人。


 彼が集中しているときは話をし辛い、かといって冷めきっているときもダメ。熱が冷め始めたこのタイミングが交渉のチャンスなのだ。外面のいい彼が、こんな本性を晒すのはこの自宅だけ。私も同じだ。時々ここにきては仕事の愚痴やらを言いにくる。



「なんでよ」


「ちょっと実験したいことがあるから」


「へーへー」


「今回は君も一緒だよ」


「へ?」



 長い付き合いで初めて彼の実験に参加する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る