飛颺のネヒア

藤野 咲

第1話:約束

「ねぇ、ネヒア」

「なぁに、ニリツ」

 読んでいた本から顔を上げて振り返ると、同じくこちらを振り返ったニリツと目が合う。今までニリツが目を向けていた画面には、大好きなアニメが流れている。

 龍騎士ロノム、それがアニメのタイトルだ。龍を模した戦車に乗る少女は地上に跋扈する化け物を倒し、人々を救う。その強さ、人々を思いやる優しさはわたしたち二人の心を鷲掴みにしていた。純粋に、いつかこんな風になりたい!と憧れた。

 今流しているものは、大人に無理を言って手に入れたものだ。

 熱烈なロノムファンであるわたしたちは週一回のテレビ放送でも満足できないほどだった。見かねた大人が、いつでも見られるようにとテープに録画してくれたおかげで、生活に影響が出ずに済んだが、あのままロノムを見られない日々が続けば確実におかしくなっていただろう。それだけ、わたしたちにとっては興味のあることだった。

 実はこれは二本目で、一本目は数ヶ月前にダメにしてしまった。どうやらテープが引っかかってしまったか、皺が寄ってしまったとかなんとかで(わたしはよくわからないのだけど)もう見れなくなってしまったらしい。

「今度、龍騎士ロノムの映画やるんだって!」

「知ってるわよ、それくらい」

 ここではわたしたちほどこのアニメにのめり込んでいる子どもは居ないけれど、相当人気があるようで映画化が決まったらしい。テレビをつければ、連日の如く宣伝を見かける。

 あまり考えないようにしていたから口には出さなかったけれど、どうやらニリツはつい最近知ったようだった。

「あーあ、早くテープで売ってくれないかしら」

 わたしは意図せず溜息をついた。

「人気だからそれなりに早い方だとは思うけれど、すぐ見れないのは残念ね」

 あとひと月もすれば、どこの映画館にも沢山の人が押し寄せてくるのは想像できる。映画館なんて、見たこともないしどんなところなのかも思いつかないけれど。施設から出られないわたしたちには、無縁のものだ。

 ここから離れられないから、映画館にも行けない。映画館に行けないから、劇場版の龍騎士ロノムも見れない。単純だ。

 テープが出たらどうやってねだろうかと思案していると、それを邪魔するようにニリツが「じゃあさ!」と割り込んできた。

「じゃあさ、二人で行っちゃおうよ!」

「ええ?」

「映画館に行けば、見られるんでしょ?」

 ニリツは褐色のまんまるな瞳をキラキラさせて事もなげにそう言った。わたしは吸い込まれそうなほどに透き通っている彼のこの目が、大好きだった。

「……」

 こんな無邪気に言われたら、うん!と勢いよく返事をしたくなる。けれど、どうやったって無理だ。逆立ちしたって、出来っこない。

「あのね、ニリツ」

「なに?ネヒア」

 何にも分かっていない顔で、ニリツは小首を傾げた。

「わたしたちがここから出られると思う?」

「すごーく、むずかしいだろうねぇ」

 わたしの問いに、彼はすぐさまそう答える。

 だがその言い方や表情からは、事の重大さを全く感じられない。出る、と簡単には言うが、それは脱走だ。見つかれば大目玉どころではない。どんな厳しい罰が下されるか、考えただけでも恐ろしい。

「そんなの、出来っこないじゃないの」

 わたしは大人たちの怖い顔を思い出して、膝を抱えた。

 このアニメの存在を教えたのは大人たちだ。みんなを集めて映し、世界を守る龍騎士はこうしてみんなから危険を遠ざけてくれているのだと、そう言った。

 恐らく、大人たちにとってこれは教材としての使い道しかなかったのだろう。だから、わたしたちの異様なのめり込みようを、よく思っていないのも事実。録画テープをもらうのだって、ひと月ふた月、ずっと言い続けてやっと手に入れた。映画だって、買ってもらえる保証もない。ましてや、それを見るために抜け出すなんて……。

「でもさ、ネヒアは見たいんでしょ?」

 黙り込んだわたしに、ニリツはそう問うた。じっとこちらを見つめる優しい眼差しは、わたしの意見を待っているようだった。

 彼はわたしによくしてくれる。いつだって、わたしの考えていることを見透かしたように、欲しい言葉をくれるのだ。

「うん」

 観念して頷く。

「わたし、見たい。ニリツと一緒に」

「よーし!決まりだ」

 にこっと笑ったかと思うと、こちらに小指を差し出した。古来から伝わる、約束事のまじないだ。わたしも指を出し、ニリツの指に絡める。

「約束っ!」

「約束ね」

 繋いだ指を小さく揺らす。

 ニリツは指を離した途端、勢いよく後ろに倒れこんだ。そして、体をぎゅっと縮めて「あー!楽しみだなぁ!」と足をバタバタさせる。

 ものすごい喜びようから、ただただ映画が見たいだけの為に、わたしを共謀者に仕立て上げたんじゃないかと思えてきた。

 でもいいのだ、ニリツが楽しいなら。

「わたしも楽しみ!」

 目の前でなおも楽しそうに笑うニリツに勢いよく抱きつきながら、同意をするのだった。

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