第114話 抵触
「はー、なるほどね。四ヶ月目から祭壇数は低下の一途で、兵士に聞いてもはぐらかされる。で、問題が起きるのは俺らディアス軍だと……」
合流してくれた帳君と梵さんに事情を説明する。彼らはグラフを見下ろして、夕暮れの色は濃くなっていた。
アミーさんはあれから呼んでも反応をくれない。きっと私の問いにこれ以上は答えないつもりだろう。
私は喉が締め付けられるような感覚に襲われ、早り始めてしまう心臓に嫌気がさした。
「なら四ヶ月目がくるまでに決着つけなきゃいけないよね。あとちょっとでしょ?」
さも当たり前と言わん態度で言い切った帳君。
そう、確かにそうだ。この競争が始まったの高校の始業式から。もう六月は数日で終わり、七月のあの日付が来ればアウトだ。七夕を一日過ぎた日。そこから祭壇の下降が始まる。
だが私達が勝てば、隣におられる泣語さんが死んでしまうということで。
見上げた彼は全く顔色を変えていなかった。
「でもメシア達は生贄に条件を付けられてますよね。それを解除するか、しないならば今のうちに祭壇を多く建てといた方がいいのではないでしょうか?」
「お前がいるからそれが出来ないんじゃん」
「それならまた、別行動すればいいと思う」
まるでディアス軍のように、白い服を纏って話に参加している泣語さん。その激しい違和感に胃が痛くなる。
この光景は当たり前では無い筈だ。口を開いた帳君も祈君もそれを理解していない筈がない。
それでも指摘せず、生贄の選定条件解除の話も出てこなかった。
シュスにいる誰もが悪だと言い、私達の尺度で測った時も悪だと言えるその人。
私は他のディアス軍の方の進捗や心境は知らない。出会えていないし、出会えても一箇所に動力が集まるのは駄目だと思うわけだし。
兄さんと時沼さんの顔が頭の中をチラついてしまう。
家に帰って兄の写真が全てなくなっていたり、両親に「時雨って……?」なんて首を傾げられたら、私は発狂しかねない。兄さんほど割り切れていないのだ。
この競走を終わらせることに、恐怖している自分がいると気づいてしまう。
それでは駄目だ。目の前の仲間の命だって保証出来なくなるなんて、そんなの嫌だ。でも兄さんが、時沼さんが、泣語さんが。屍さんも早蕨さん達も、祈君のお兄さんだって。だが勝たなければ、勝つことを考えなければ。
酷い人選。なんでこんなに酷い選び方をしたんだよ、中立者さん。
誰でもない人達だったら私はもっと楽になれていたのになんて、私こそが誰よりも醜いか。
「俺、達に、何が、起きるの、だろう、か?」
梵さんはグラフを撫でながら首を傾けている。彼は鍵を抜いているが、エリゴスさんを呼ぶのも思案しているようだ。
翠ちゃんは「考えられるところは、」と頬に指を添えていた。
「戦士の人数が減らされるか、祭壇が期限か何かで朽ちてしまうか……祭壇が作れなくなるかって言うところじゃないかしら」
「……祭壇が、作れ、なく、なる……」
梵さんは呟き、そこでエリゴスさんを呼んでいる。
現れてくれた褐色肌の兵士さんはバツが悪そうな顔をしていた。
「……なんだ?」
エリゴスさんの声は、梵さんからの問いを分かっていて答えたくないと言うものだ。
「エリゴス、四ヶ月、目、から、俺達は、祭壇が、作れなく、なる、のか?」
梵さんの片言な言葉がエリゴスさんに向けられる。兵士さんは首を鳴らして口を結んだままだ。その口の端は震えて、目線は斜め下に向けられている。
「エリゴス」
梵さんが穏やかな声で先を諭す。帳君は自分の鍵を指先にかけながら「オリアスに聞こうか?」と二人に聞いていた。
「いい、オリアスには酷だ……アイツは優しすぎる」
その提案を蹴ったのは誰でもないエリゴスさんだ。彼は「止めてやってくれ」と帳君の方を向き、茶髪の彼は黙っていた。
「分かった」
帳君は無表情のまま鍵を握り込む。彼に対してエリゴスさんは、泣き出しそうな顔で笑っていた。
「ありがとな」
その目に揺らいだ影は誰を映しているのか。
梵さんに向き直ったエリゴスさんは口を開く。
「酷なのは君も一緒でしょ? エリゴス、僕が答えるよ」
そう言って私の鍵から現れた――アミーさん。
呼んでも出てきてくれないのに、呼んでない時に出てくるだなんて。彼はその被り物の下で一体なにを考えているのだろう。
突然のアミーさんの登場に驚いていると、
「アミー! てめぇはまた勝手に出てきて……ッ、これ以上ルール破り続けたらほんとにッ」
「エリゴス黙って、僕は僕の意思で出てきてるんだ」
アミーさんは低い声でエリゴスさんを静止する。そして映像ではない手が波紋を立てながら初めて出てきて、私の耳を塞いだのだ。
エリゴスさんの大きな声がアミーさんの手の向こうから聞こえてくる。
それを聞かなければいけない。この手を振りほどかなければいけないのに。
アミーさんの手が私を離すまいと、聞かすまいと、震えるほど強く塞いでくるから。
「――――なッ、――以上そ――――――――たら、――ラ――――――――――ぞ!?」
エリゴスさんの声が途切れ途切れに聞こえてくる。
アミーさんの手を外そうとらず君に光ってもらったが、兵士さんの手はビクともしなかった。
何か喋っているエリゴスさんとアミーさん。
その光景を見ていれば、オリアスさん、ストラスさん、ヴァラクさんも呼んでいないのに映像が繋がり、翠ちゃん達が驚いていた。
エリゴスさんは顔が赤くなるほど憤りを見せて、全員が自分の戦士の耳を塞いでいく。
みんなその手を外せないと分かって、エリゴスさんも梵さんの耳を塞いでいた。
泣語さんはヴァラクさんと何か話して席を外していく。
私達はそれぞれ兵士さんに耳を塞がれると言う、今までに無い状態になっていた。私はアミーさんの手を握ってしまう。
彼は少しだけ私の耳から掌を浮かせて、見た目は塞いだままでも音が聞こえるようにしてくれた。
その考えが分からない中、私はこの会話を聞いてもいいのかと不安になる。
ヴァラクさんが言っていた。
「エリゴス、この子達が自力でここまで紐解いたことならば答えを示しても良いんじゃないかい?」
「それでもだ。もしその答えを教えるっていう行為がルールに抵触したら、俺達だけじゃなく梵達にまで何かあるかもしれねぇんだぞ!」
抵触。ルール……。
ルールって、誰から誰へのルールなんだ?
ストラスさんは困惑する祈君を見下ろしている。
「エリゴスに賛成だ。私は何より……祈に何か起きてしまうことが耐えられない」
「だがストラス、もう期限は近い。帳達が俺達に聞いているのは確認という意思の元だ。答えずともこれを正解だと判断は出来るだろうが、俺達はこの子達の兵士だ。反動を警戒してサポートを怠っては本末転倒だろう」
「それで万が一があったらどうするのだと言っているんだ」
オリアスさんはストラスさんと言葉を交わして、真反対の意見は拮抗を示してしまいそうである。
黙って耳を塞がれている帳君は、横目にオリアスさんを見上げていた。
「あのさ、なんでみんな出てきて手ぇ出してるわけ? これ全員怒られるコースじゃん」
私の頭上から降ってくる声がある。アミーさんは心底呆れたようにため息を吐いて、私は彼の言葉の裏を読んでしまった。
もし彼らが出てこなければ、怒られていたのはアミーさんだけ。
自分だけで済むのに何故全員出てきたのかと。彼は同じ兵士を想ってる。
ヴァラクさんが口を開けば、また私の耳に掌を密着させるアミーさん。
あぁ、彼は選別してる。私に聞かせる会話を。聞かせたい会話と聞かせたくない会話を、彼と言うフィルターの名の元で分けているんだ。
思って、その温かさを手袋越しに感じている。
りず君達は聞いていても良いんですか。ルタさんは自主的に目を閉じて、翼で頭を覆っている。
……よくよく考えれば、心獣とは兵士の方が作り出した私達の力。聞かせないようにするのも容易だし、心獣の子達だけが聞いて連携が上手く取れなくなるのは誰も得をしない。
見れば、ひぃちゃん達はみんな自分で目と耳を塞いでいた。
私の耳から圧迫感がまた少しだけ消えていく。アミーさんは私に、周りの方には気づかれないように会話を聞かせることを再開していた。
「じゃあ良いよね。四ヶ月目から祭壇の数は減る一方であると言うことを肯定する。作れなくなることも肯定するだけで終わるって」
「そうだな。多弁は危うい」
オリアスさんは頷いて、そろそろ帳君の痺れが切れそうな雰囲気。私はそんな彼と目が合って、聞こえているのがバレるのではないかと何故か不安になった。
帳君はゆっくり瞬きして私から目を逸らす。その反応は一体どっちなのか。分からない私は、アミーさんが耳を塞ぎ直さないのを確認していた。
「詳細な理由は伏せよう。いつかは気づいてしまうことなのだから」
「気づくからこそ教えてあげようよー。鍵から祭壇制作の機能が消えるってこと」
頭から――冷水を被った気がした。
サラマンダーのシュスに着いた時、スティアさんがふっかけてきたのとは規模が明らかに違う量の冷水を。
アミーさんは今なんて言った。祭壇制作の機能が――消えるって?
なんでそんなことに。聞いてない。教えられてない。そんな期限付きだなんて知らなかった。こちらが聞かなかったことが悪いのか。そこが落とし穴だったのか。なんで駒にとって不利になることを黙っていたんだ。
壊されても増やせなくなる。アミーさん達との通信機の役しか鍵には残らない? ならばルアス軍は。ルアス軍だって機能が消えなければ公平ではない。いや、もともとこの競走は公平ではない気が否めない。
私の心音は一気に早まり、突きつけられた事実のせいで頬を冷や汗が伝っていった。
アミーさん。
呼べない。今呼べば、聞いていたと、聞こえていたとバレてしまう。
それは駄目なことか。だってそれでは抜けがけで、まるで騙すようで。
アミーさんは私の耳から誰よりも早く手を離し、高らかに言っていた。
「さぁ! 聞こえていたでしょ氷雨ちゃん。これが事実だ!」
「ッアミー!」
ヴァラクさん達は翠ちゃん達からまだ手を離してない。
離してないからこそ、私の耳を離して放ったアミーさんの意味を直ぐに汲み取ったんだ。
「お前はまたそうやって一人で!」
「いいよ。痛いの慣れたし。前ちょっと聞いたんだよ。これに抵触しても罰を受けるのは兵士だけだ」
罰と聞いて弾かれるように振り返る。
アミーさんはやんわり首を傾げて、叫びそうになる私の口を片手で塞ぎ、もう片手は後頭部を撫でてくるから。
泣いてしまいそうになる。
最近ずっとそうだ。今日は翠ちゃんが泊まりに来てくれて、しっかり泣いたのに。また別のことで泣きたくなる。
アミーさん、どうして、どうして貴方はいつもそうなんだ。
底抜けに明るく笑うのに。きっと痛いことをされているのに。私にそれを心配すらさせてくれない。
「大丈夫だよ氷雨ちゃん、僕は大丈夫だから。だからどうか忘れないで、四ヶ月目は鬼門だ」
手が離されてアミーさんが映像の中に戻っていく。出かけた声は天井を突き抜けて来た黒い手に掴まる衝撃と、アミーさんの映像が切れることによって飲み込まされた。
「ちょっとマジ? 耳塞がれて時間経って帰還とか」
放心しているオリアスさんの手を払う帳君。その向こうでは祈君と梵さん、翠ちゃんが持ち上げられる姿が見えた。帳君と私も例に漏れず引き上げられ、兵士さんの映像も切れていく。
奥歯を噛み締めて、眉間に皺を寄せた顔をして。
私は酷く不安なまま、翠ちゃんと同じ部屋に吐き出されるのだ。
「たく……氷雨、結局どうだって?」
呆れている空気を
正座して上体を前に倒し、自分のベッドに土下座するように平伏した。らず君達を抱き締めたまま。
「氷雨?」
「……うぅぅぅ」
「……唸る内容だったのね」
「消化出来ないよぉぉぉぉ……」
怒ればいいのか悲しめばいいのか。心配すればいいのか、躍起になればいいのか。
涙を零さないようにだけ固く決め、私は言葉にならない唸りを口から垂れ流し続けていた。
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