窒息した秀才編

第56話 消息

 

 ――シュリーカーはね、うるさくて嫌な奴らだって有名だよ! アイツら現れたと思ったら大声で叫び出すし、大きな足で地団駄踏むし喋らないし!! かと思ったら雷落ちるし火事が起きるし本当大変なの!! みんなシュリーカーを見かけたら逃げ出しちゃう!!


 そう教えてくれたアミーさんを思い出しつつ、私はマクハサさんを見送っていた。


 去り際に「俺も会ったことはねぇけどな!」と言い残した彼は生き生きとしていたと感じている。「一生に一度だって会いたかねぇよ」と呟いていたのも、私の耳には残っていた。


 私は白紙に近いメモページを見て、結目さんはオリアスさんを呼んでいた。


 彼の鍵が光ってオリアスさんの上半身が浮び上がり、目を伏せていた兵士さんは呟いている。


「シュリーカーか……」


「居場所知らないの?」


「調べれば分かるが、少し時間を貰うよ。彼らの進む道はいつも法則性がない」


 オリアスさんは調べる為にと下を向き、何やら資料を見ている仕草をしていた。


 闇雲君はストラスさん、翠ちゃんはヴァラクさん、私はアミーさんを呼んで同じように調べてもらうことにする。


 細流さんもエリゴスさんを呼んで、初めて見た兵士さんはとても豪快そうな人だった。


「よお梵!! とうとう俺を呼ばねぇといけなくなったみてぇだな!!」


「あぁ、エリゴス、シュリーカーの、居場所を、調べて、ほしい。いい、だろうか」


「また難しいこと言いやがる! だがまぁ誰でもねぇ俺の戦士の頼みだ!! 受けてやるさ!」


 エリゴスさんは褐色の肌に銀の短髪を持った方で、上半身だけ見ても筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうと言う感じ。


 緩く着崩された襟元や喋り方からヴァラクさんやストラスさん、オリアスさんとは印象が違い、どちらかと言えばアミーさん寄りと言えそうな方だと考えた。


 私はアミーさんに顔を戻す。青い兎の被り物をした彼は今日も元気で、赤い硝子の瞳は輝いていた。


「シュリーカーは厄災を呼ぶ嫌な奴らしいからさー、近づかない方がいいと思うんだけどなー、氷雨ちゃん」


 私の頭を撫でる仕草をしてくれるアミーさん。私は肩をすくめて微笑み、アミーさんの言葉を拾った。


「らしいと言うことは、アミーさんもシュリーカーさんに出会ったことは……?」


「うん! 無いよ!! 会いたくもないよねー」


 溌剌はつらつと答えた彼は兎の頬を手で挟む。


 確かに厄災を呼んでしまう妖精さんに好んで会いたいと言う人は、相当な物好きか自殺志願者くらいなのだろう。


 それでもアミーさんの言い方は少し寂しくて、私は眉を下げてしまうのです。


 シュリーカーさんも好きで厄災を呼んでいるとは限らないし、もしかしたら引き寄せやすい体質と言うやつなのかもしれない。


 そう思ってしまうから、出会っていない彼らを判断するのがはばかられた。


 今までの方々とは違い、基本情報が極僅かしかないシュリーカーさん。


 今まで出会った住人さん達は、貰った情報以上に様々なものを抱えておられた。勿論アミーさんを信じないという訳では無いが、自分の目で確かめることもまた必要なのだと思い始めているのです。


 例外として、危険で行きたくないと思った所には近づきたくないけれど。戦士を食べたがる住人さんの元とかは。


 それでもシュリーカーさんはそう言ったタイプの住人さんではない。


 気になるのは、何故厄災を呼んでしまうのか。


 気づけば私はらず君の額を撫でており、硝子の彼は嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔に自然と私の顔も緩んでしまう。


 そこでふと、闇雲君の声を耳に挟むのだ。


「じゃぁ、今までシュリーカーが厄災を呼んだ場所を教えてよ。記録とか無いの?」


「あぁ、それなら直ぐリストにしてみせよう」


 ストラスさんはズレる王冠を直しながら頷き、姿が消える。闇雲君はルタさんを両腕で抱え、下を向いていた。


 私は彼の様子を見て微かに首を傾けてしまう。


 結目帳さんはチグハグさん。表情と言葉が不一致な方で、人を物同然に扱う時もあればみずから盾になってくれることもある、不思議な人。


 楠紫翠ちゃんは努力の塊。冷静沈着で頭脳明晰な姿は彼女がそうあろうとした努力の結果で、誰かを思える優しい人でもある。


 細流梵さんは正に戦士。一歩引いた場所で私達を見てくれて、いつも必ず助けてくれる強く頼れる人。何を考えているかは常に不明ではあるが。


 出会ってから日が経った三人に対して、私が持つ印象は浅く簡単ながらも出来上がっている。


 翠ちゃんはつい最近書き換えと更新がされたが、彼女が彼女であることに変わりはない。私から見れば、やはり翠ちゃんは強く気高く美しい人なのだ。


 しかし私は、まだ闇雲君についてはあまり知らない。


 中学三年生で、結目さんが勝手に暴露ばくろした家族構成とルタさんの能力くらいしか分かっていない。彼がチームに馴染めているかどうかも判断しかねているのが事実だ。


 結目さんには喧嘩腰に食って掛かる姿をよく見る。仲が良くないと不安になってしまう反面、彼には口調が砕けるから少し安心してる部分もある。


 翠ちゃんと細流さんとは余り会話していないイメージ。私にも時折話しかけてはくれるけれど、それでも表情は上手くうかがえない。


 彼が指を噛む理由も、髪を赤く染めている理由も、顔を見せてくれない理由も私は知らない。詮索せんさくするつもりもないし、口出しをする権利だって私には無いのだから。


 気にし過ぎてはいけないと分かっている。けれど、時々見る彼の揺れる瞳が気にならないと言えば嘘になる。


 今だって、ストラスさんへの闇雲君のお願いはとても的を得ていると思うのに、彼は肩を狭めながらフードを引いて顔を伏せてしまっている。


 ノースリーブの上着から覗く腕や裸足の足は同化の力を使う為とは言え、彼をとても心細く見せていた。


 いや、これは私の印象か。別に闇雲君も好きで裸足生活してる訳では無い。


 内心で首を横に振り、アミーさんに呼ばれたので顔を戻す。青い兎さんは言い聞かせるような口調で教えてくれた。


「シュリーカーは厄災を起こすと直ぐにそこを離れて、また別の場所に行ってしまうらしいんだ。だから探すのはとっても苦労するよ。それよりも他の生贄を探すことを僕はオススメしたいけど?」


 彼はそう言うと「その方が楽だしさ〜」と手を忙しなく動かしている。


 私は苦笑してしまい、アミーさんにとっては望ましくないことを自分がしようとしていると気付かされた。


 彼からしてみれば、誰でもいいから生贄を六人集めて勝利を手にして欲しいのだろう。ディアス軍の兵士の方からすれば早く統治権を得たいと思っているだろうから。


 しかし私達はその生贄に条件をつけてしまった。誰でもいい選別をしたくないからと言うだけで。


「……ごめんなさい、アミーさん」


「別に謝ることはしなくていいよ。ただ氷雨ちゃんが怪我するのは嫌だなーって思ったって言うか……」


 予想していなかったアミーさんの言葉に目を丸くする。


 彼は早く確実な勝利ではなく、まるで私の身の安全を願うようなことを口走ったから。


 アミーさんは少しだけ沈黙し、明るい声を発していた。


「ううん、何でもない。今のは言葉のあやってやつさ! 気にしないでね!! 生贄求めてさぁ進め、僕の駒!」


「……はい」


 彼は今――何かを閉じ込めた。


 そう錯覚させられながらも深くは追求しない。


 言いたくないことを根掘り葉掘り掘り返すのは愚行であると思うから。自分と相手は違うのだから、自分の興味だけで相手に入り込んでいい訳がない。


 私は微笑み、視界の端に闇雲君の鍵の宝石が光るのが見えた。


 それを叩いた持ち主の前には再度ストラスさんが現れる。


 王冠を直しながら現れた彼は宙に光る文字を並べた。その数は膨大な量であり、細かな文字に目を何度も瞬かせてしまう程だ。


「これが最近シュリーカーが現れた場所だな」


「ありがと、ストラス」


 闇雲君は顔を上げて文字を読む。私はメモ帳の空いているページに書き取ろうかと試みたが、筆記具がない為断念した。


 一人勝手に肩を落としていると、ルタさんと闇雲君が同時に言った。


「覚えた」


「うん、もう大丈夫」


「そうか」


 ストラスさんは頷いて文字を撫でる仕草をする。そうすると光る文字は煙のように消えてしまい、私は唖然とした。


 あの短時間で記憶するって、どんな頭をしているのか。


 闇雲君のフードの奥の目と視線が合った気がして、私は自然と笑った。


「凄いですね。闇雲君もルタさんも」


「……え、」


「あんな一瞬で記憶とか俺達出来ねぇもん」


 りず君が肩で前足をバタつかせる。私はパートナーの言葉に頷いて、闇雲君は両手の指を組んだまま俯いた。


「……凄くないです。俺より兄貴の方が頭いいし、俺は別に……」


 消え入りそうな闇雲君の言葉を聞き、私は首を傾げてしまう。


 私は闇雲祈君しか知らなくて、お兄さんと彼を比べようと思う気持ちは微塵もないのだけれど。闇雲君は流れるように自分を否定して、お兄さんを評価することを口にした。


 私の喉で何かが詰まる気がして、それをりず君が吐き出してくれる。


「いや、祈、俺達がすげぇって言ったのはお前のことだぞ? お前の兄貴とか知らねぇし」


「……うー……」


 何かを言おうとして、けれどもそれが言葉に出来ないような闇雲君。


 彼は自分のフードを片手で掴み、もう片方の手の指を噛み始めてしまう。関節はやはり赤くなり、ストラスさんは王冠を触っていた。


「それでは、また何かあったら呼んでくれ」


「それじゃぁ僕も! バイバイ氷雨ちゃん!」


 消えてしまったストラスさんとアミーさん。


 お礼を言い損ねたと後悔する私は闇雲君に視線を戻した。彼は指を噛み、頭に乗ったルタさんは目を伏せてしまっている。


 私の言葉が君を傷つけましたか。


 りず君が言ってくれた本音は、伝えるべきではなかったのでしょうか。


 分からなくて、自信もなくて、私は黙って闇雲君の頭をフード越しに撫でることしか出来ない。今ここで「ごめんなさい」を口にすれば、より一層彼を傷付けそうだと怖くなって。


 闇雲君は指を噛むのを止めて、私の服の袖を静かに掴んでくれた。


「どう、した? 祈」


 細流さんがエリゴスさんとの通信を切って首を傾げる。闇雲君は「……別に」と呟き、私の袖を離していた。


 だから私も彼の頭から手を退けて微笑んでしまう。細流さんはゆっくり瞬きをして、ひぃちゃんが話題を変えようと喋ってくれた。


「梵さん、エリゴスさんは何か情報をくださいましたか?」


「あぁ、シュリーカーが、一番、最近、見られた、のは、エアリアルの、空中、庭園、だそうだ」


「エアリアル……」


 私は呟きメモを見る。


 エアリアルさん達は空気を操る小さな妖精さんのことらしく、宗派はルアス派。全てが雲で出来た空中庭園に住んでおられて、鉱石もアルフヘイムで最も軽い物なのだという。


 つい先日エアリアルさん達が庭園から地面を見ていると、荒野を駆けるシュリーカーさん達を見たそうなのだ。


「ヴァラクに聞いたら、シュリーカーが一番最近の呼んだ厄災は一週間前らしいわよ」


 翠ちゃんが鍵を服の中に仕舞いながら教えてくれる。


 私は頷き、頭の中では勝手に情報の整理が始まっていた。


 一週間前に起こった厄災とその後に目撃されたシュリーカーさん。移動していたと言うことは次の厄災を呼びに目的地を探して、もしくは目指して進んでいると言うこと。


「シュリーカーの今の居場所、ハベトロットの綿畑わたばたけだってさ」


 結目さんが鍵を仕舞って笑っている。


 私達は顔を見合わせて、早急にハベトロットの綿畑に向かうことにした。


 厄災を呼ぶシュリーカー。


 彼らが訪れたその場所。


 ひぃちゃんが強く羽ばたいて、ただ辿り着くことを目的とする。


 そして綿畑に着いた時、私は目を見開いた。


 翠ちゃんも闇雲君も絶句して、結目さんの口角は上がっている。


 細流さんが地面から拾い上げた黒い物は彼の手の中で灰と化し、空へと舞い上がった。


 あるのは焼け焦げて溶けた鉱石の家。


 地面に残っている大きな足跡。


 そこにシュリーカーさんの姿はない。


 あるのは酷く凄惨せいさんな、シュスであった場所の――残骸だった。

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