ウトゥック・シュス・ノイン編

第17話 冷汗

 

 アルフヘイムに降りる時、私は昨日から一人ではなくなったのだと思い出しながら波打った空を視界に入れた。


 並んで落ちてきたのは、昨日と変わらず大量のピアスをつけた結目帳さん。彼は下だけ見つめていたので私も自分の降りるべき場所に目を向ける。


 ひぃちゃんはいつもと変わらず滑らかに私を地面に着地させてくれた。だから笑ってお礼を伝えよう。


「ありがとう、ひぃちゃん」


「いいえ、氷雨さん」


 肩で笑ってくれたひぃちゃんの顔を撫でてから、風に乗って降りてくる結目さんを私は見上げた。


 結目さんは無表情に着地する。


 私と合った目は酷く静かで、何を思っているのか今日もやっぱり分からないな。


 思ったら、彼の目尻が下がって口角が上がった。だから私もつられたように笑ってしまう。


「やっほ、凩ちゃん。こんばんは、いや、こんにちはかな?」


「ぇっと、こんばんは……で、こんにちは、結目さん」


 曖昧な挨拶をして肩を竦める。苦笑してしまい、結目さんも人当たり良さそうに笑ってくれた。


 あぁ、背中に悪寒がした。何なんだろうなぁ。失礼だな。止めろよ私の体。


 結目さんの足が地面から少しだけ浮き、私の髪を風が弄ぶ。その光景によって昼間の体育館裏を思い出してしまい、胃が痛くなった。


「じゃぁ昨日に引き続き、生贄探しに行こうね」


「……はい、そうですね」


 言うが早いか、舞い上がった結目さんに続いて私もひぃちゃんに飛ばしてもらう。


 お姉さんは背中側の服を掴んでくれて、腰に回った尾が私を安定させてくれた。肩に乗ったりず君とらず君が落ちないか気をつけておかなくてはいけない。


 いや、腕に抱いてあげたらいいのか。そうだな、そうしよう。よく考えたら毎回しているぞこの脳内一人やり取り。


 私は自分に呆れながららず君とりず君を抱いて、結目さんの後に続く。彼は私の方を向いて笑っていた。


「昼間さ、オリアスに聞いてみたんだ。治安の悪いシュスはないか」


「ほぉ……」


 治安が悪いとはまた直球な質問。


 そう思うと同時に、それでも悪を探すなら妥当な問いかけだと納得する。


 それ以前に、何もアミーさんに聞いていない私がとやかく口を挟む権利は無い為、相槌を打っておいた。結目さんは歌うように、それでも感情を落として話し続けている。


「昨日みたいな噂だけの肩透かし勘弁だからね。そしたら、この先。フォーンの森を抜けた鉱石の谷の向こうに、ディアス派のいる治安最悪のシュスがあるんだって。行ってみようよ」


 言われて、考えてしまう。


 彼はルアス派を敵だと言っていたが、それならばディアス派は味方という考えになるのではなかろうか。今の言い回しでは、ディアス派のシュスから生贄を連れてこようと宣言しているようなものだ。


 敵だの味方だの考えていなかった私は「生贄」と言う二文字に抵抗があるが、彼は無さそうだ。


 それでも「仲間」には、抵抗があるものなのではないだろうか。


 分からない私は、慎重に質問した。今日は脳内一人会議が普段より口悪く進んでいる気がする。


「ディアス派のシュスで、いいんですか?」


「え、何か駄目かな?」


 目を瞬かせる彼は、それでも否定を許さない空気を放っている。その雰囲気を見ていられない自分がいる。


 だから私は前髪を触ることを装って、目を逸らして笑うのだ。


「いや、結目さんは昨夜、ルアス派は敵だと言われていたので」


「だから?」


 首を傾げる男の子。感情が何処かに行ってしまったように、目が空虚に見える。まるで人形が首を傾げているようだ。彼が何を考えているか分かったもんじゃない。


 私は張り付きそうな喉を剥がして、笑い続けた。


「その考えだと、ディアス派は味方になるのではと思ったんです」


「そうだね。でもそれだけだ」


 結目さんが笑う。私の頬を冷や汗が流れる。


 首が締められている気がした。


 いや、気がしたではなくて、確実に締められている。


 目の前のこの人が操る風に、空気に。


 見えないそれは、確かに私の首に巻きついてる。


「敵だろうが仲間だろうが、所詮それはただの括りだよ。みんな平等に、俺の生きる為の土台に変わりない」


 あぁ、この人は――殺せる人だ。


 私の顔が笑い続ける。


 結目さんの右手が微かに握られて、私の喉も微かに締まった。苦しくない程度の、本当に、かけられたロープが少し喉に密着するような嫌な感覚。


 真綿で喉を締めるだなんて、よく言ったものだ。


 ひぃちゃんが気づいたようだけれど、私は一瞬の目配せを送った。


 どうか何も言わないで。言ってはいけない。


 お姉さんは苦い顔をして、それでも顔を逸らしてくれた。


 ありがとう。


「凩ちゃんは違うの?」


 結目さんから質問が投げられる。


 弱虫な私に、その問いは酷だ。


 結目さんは笑って、それでも開いている右手が握られていく。咳き込んだ私の目の奥が微かに瞬いた。


「……私は、自分が楽になれる道を、選びたいだけです」


「……へぇ」


 喉の締め付けが微かに緩み、私はまた咳き込む。無言で先を促す結目さんはどんな答えを求めているか分からない。


 あぁ、だから私は、私が思う答えを言おう。


「ルアス派も、ディアス派も関係ない。結目さんに言われるまで気にもしませんでした。私が気にしていたのは、生贄に選んだ時に私が苦しいか苦しくないか。そこだけです」


 空気を吸い込んだ肺は満たされて、言葉が溢れ出る。


 あまり自分で機嫌が良くないと思われる今日、こんな面倒で酷な質問やめて欲しい。本当に。


「私は明日も生きていたい。だけど生きていくのに、苦しいを抱えて生きるのはしんどくて、仕方がない。それを少しでも減らす為に、気紛れに戦士として選ばれた私は、気紛れではない選び方で生贄の方を捕まえたい。納得して選べば罪悪感や迷いが少なくなって、私の足を重くする不安や、胸に溜まって呼吸を妨げる心配が生まれないと思うから」


 何かに頭を悩ませて、いらないことに気を配って、不利益なことに身を粉にしたくない。


「土台だの平等だの、私の中にそんな考えはありませんでした。ただただ私が安心して、呼吸が楽に出来たらそれで良い。考えが無かったことと、考えが違うかどうかはニアイコールかもしれませんが……その……それを結目さんは、怒りますか?」


 よく回った口を片手で押さえ、視線を斜めに逸らす。私の喉から風は消えていき、顔を上げろと言われるように髪が引かれた。


 口から手を下ろして結目さんを見ると、顔一杯に笑顔を浮かべた少年がそこにいる。


 私の体のバランスが、一瞬崩れた気がした。


 大丈夫、まだ空にいる。落ちたりしていない。だからきっと気の所為だ。


「怒りなんてしないよ。俺は気が長いからね。いやぁ凩ちゃんは面白い!!」


 上機嫌になったような結目さんは両腕を広げて、高らかと声を吐いていた。


「凩ちゃんは心配症を患ってるわけだね。全般性不安障害と言うべきか、まぁ俺は医者じゃないから病名宣告なんてしないけど! それにしても面白い! 生きていたいけど不安にはなりたくないから、真意に生贄を選ぶ姿勢は好感ものだね」


 髪が引かれて、結目さんの無機質な目が私を覗き込んでくる。


 その奥にある感情が分からなくて、私の頬は引き攣って笑った。


 結目さんは目を細めてから前を向き、前方を指している。


 その背中は何も語らず、風に吹かれて消えそうな印象だった。


「さぁ行こう、俺の土台を探しに、凩ちゃんの苦しくない生贄を探しに――ウトゥック・シュス・ノインへ」


 彼は至極楽しそうに笑うから。


 私は頷いて、自分の命を繋ぎ止めるしか出来ないんだ。


 結目さんは鼻歌でも歌いそうな雰囲気で飛んでいく。それを追いながら、私はチョーカーのついた喉を摩っていた。


 彼と私の力は相性が悪い。それをひぃちゃんは分かっているし、きっと結目さんも分かっている。彼はチームになろうと言ったが、実質ここに生まれ始めているのは上下関係ではなかろうか。


 昨日、たった数時間だけだが共に過ごした。


 拳を交え、祭壇を作り、森を探索し、シュスに入り込んだ。


 雑談はあった筈だった。それでも私の記憶は霞んだように「結目帳さん」と言う人の印象が薄い。これは困った。大変失礼だ。


 考えたくはないが、恐らく私はこれから「使われる」存在になる。私が自分を空気だと言ったせいで、彼が操るそれの一部に換算された。下手をやったと思うけど、出した言葉が戻るわけがない。諦めろ。


 私は、前を進む結目さんの背中を追ってもらう。


 フォーンの森を過ぎて鉱石の谷という場所を横断した。地表から様々な色の鉱石が出ているのが見られる深い谷だ。


 左右どちらを見ても谷は何処までも続き、暗い中で色付く石達が光を反射していた。


 ここは所謂、採掘場。シュスを作る素材としてフォーンさんやブルベガーさん達、ウトゥックの湿原の方々が発掘に来られるとか。


 鉱石は他にも道具を使う時の動力源になるから、アルフヘイムでは欠かせないものらしい。


 メモを思い出しながら谷を超え、木々が減るのを視界に入れ、赤銅色のシュスをいくつか確認する。


 あれがウトゥックの湿原にある九つのシュス。


 その中で、最も大きく栄える九つ目のシュス。


 花火が上がる。


 透き通る空に色とりどりの火花がばら撒かれた。


「あれだね」


 結目さんの言葉に頷く。私達は空中で停止し、花火を上げ続ける大きなシュスを見つめた。まだ距離があるというのに歓声が届き、シュスの盛り上がりが伺える。


 ――ウトゥック・シュス・ノイン


 八つの小さなシュスが合併して出来上がったディアス派の国。


 強さこそが正義であると豪語する場所。


 花火が上がる。


 彼らは喜ぶのだ。変革の年を。私達戦士が来ることを。


 ――彼らの強さの印はね――……


 アミーさんの声が木霊して、ふと湿地を駆ける人影を見た。


 黒いジャージを着た男の人。


 それを追うのは、人のような体に白い鳥の翼、わしに見える顔を持った誰か。


 追うのは三人。


 逃げるのは一人。


 湿地では隠れる場所もない。


 どうする。何があった。考える余裕はあるのか。あれは逃げているのではないか。戦士がアルフヘイムの住人から。


 捕まりかけているのではないか。何故かは知らないが。


 余計な手を出していいのか。あそこに邪魔をしに行っていいのか。分からない考えろ。どうするべきが正しい。


 だって彼は。


 それでも私は。


 あぁ、うるさい臆病者。


 思った時、私の口が動いていた。


「ひぃちゃん」


「はい」


 体を右に傾けて急降下する。右手にりず君は移動して長い棒へと変形してくれた。らず君が左腕の中で光る。


 視界は良好。それでも追われる彼の姿を追うのはやっとだ。速い。こんな足場の悪い場所で。あの人がオリンピックの陸上競技に出れば優勝間違いなしだろう。


 余計な意見を持って、それを消して、ひぃちゃんが速度を上げる。らず君に肩に移動してもらった私は左腕の力を抜いた。


 男の人が一瞬こちらを見た気がする。


 かと思ったら地面を滑りながら方向転換し、私達の方へ向かってくる。


 私も彼に向かって地面と平行に勢いよく飛び進み、りず君を握り直した。


 息を止める。


 距離が縮まる。


 風が私の鼓膜を揺らして目を見開く。


 目測残り五m。


 滑らかにひぃちゃんは上昇してくれて、私は左手を下に伸ばす。冷たい空気を切り裂いて、私と男の人は擦れ違う。


 瞬間――彼は跳躍し、私の左腕を掴んでくれたから。


 私は急上昇して、手を伸ばしていたアルフヘイムの方をりず君を振り抜くことによって牽制した。


 左肩が痛かったかもしれない。


 いいやきっと気の所為だ。


 少し体勢を崩しながら舞い上がる。男の人を離さないように、お互いがお互いの腕を掴んで。


 結目さんと一緒に飛んでいた高さまでなんとか戻り、私達はやっと息を吐いた。


 男の人は安定しないだろうが許していただきたい。これ以上どうしたらいいのかが分からない。


 考えながら結目さんを探す。


 彼は少し離れた場所に浮遊して、私達を見つめているようだった。目が会った瞬間鳥肌が立つ。


 彼の目が、完全に感情を落としてるから。


 観察するような、それでも生気が失せた目。


 冷や汗が頬を伝う。男の人を掴む手に力が入る。りず君は腕の中で針鼠に戻ってくれて、私は彼をらず君と一緒に抱き竦めた。


「すまない、助かった」


 声がする。低い声。とても落ち着いた、抑揚の少ない声。


 声がした方を見ると、男の人が私を見上げていた。


 黒い散切りの髪が風に揺れていて、黒い目と視線が交わる。


 私は笑って、悪寒を無かったことにした。


「いえ、その……ご無事で何よりです」


 この言葉で合っているかは分からない。


 分からない間に、彼の向こう、雄大な翼を羽ばたかせた住人さん達が向かってくる。


 容姿を観察して、この場所から考えて彼らが「ウトゥック」さんだと検討はついた。


 あぁ、しまった、考えていたせいで対応が遅くなったぞ。


 らず君が光ってひぃちゃんが羽ばたき、私は声を上げる。


「りず君!」


「おうよ!」


 りず君がハルバードに変化しれくれる。ウトゥックさん達は笑っていた。


「戦士だ! 戦士が二人もいるぞ!」


「向こうにも一人! あぁ、何て運がいい!!」


「連れ帰って、我らが奴隷に!!」


 叫ぶ声がする。


 嘘だろ待ってこっちくんな。


 なんて考えたのは、この人達が止められた後だった。


 目の前で竜巻に巻かれているウトゥックさん達。何か叫んでいるが風が巻き起こす轟音に負けて聞き取れない。


 ひぃちゃんは後退してくれて、同時に、竜巻がウトゥックさん達を地面へと叩きつけた。


 何かが潰れて折れる音がする。


 湿地にめり込んでいる黒と赤が見える。


 私は胃の中が逆流するような嫌悪感に苛まれて、目を背けた。


 風が舞う。髪を遊ばれる。


「凩ちゃんってさ、自分で自分の首、締めてない?」


 そう聞いてきたのは、結目さん。


 予想より近くで声がしたことに驚くと、人形のような笑みを浮かべた彼が隣にいた。


 感覚がチグハグして、自分が今バランスを取れているか自信が無くなってくる。


 自分で自分の首を締めているだなんて、そんなわけ――


「ねぇ、何で君はその人を助けたわけ?」


 首を傾げた彼の風に、私の髪が引かれる。


 同時に、男の人が私の手から離れていった。


 私も反射的に離してしまい、目の前で風に巻かれる黒髪の彼を見る。


 冷や汗が流れた。


「そんなに格好良い顔をしてる訳でもないし、あぁ、もしかして知り合いだった? 同い年には見えないから、先輩後輩の仲とかか」


 結目さんは楽しそうに笑い、空気は冷えていく。私は言葉を吐き出そうとするが、選んだ言葉は喉の奥で消えて、頭の中が不安で溢れかえった。


 何て情けない。簡単なことなのに。全くもって初対面の相手を助けた理由なんて、私が見過ごせ無かったと言うだけのこと。


 助けたあと狙われたが、それは予想していたことだ。私は彼をただ助けて、見逃したくなかっただけだ。


 けれどもその考えを結目さんが理解してくれる可能性は極めて低い。低すぎる。この人は多分、私の考えは全て「なんで?」と疑問を持つ人だ。


「初対面、だな」


 低い声が答えてくれる。私の代わりに。


「それとも、何処かで、会ったの、だろうか」


 男の人は首を傾げて私を見た。私は首を横に振る。


「……追われて、逃げていると判断しました。見過ごせ無かっただけなんです。見過ごしたら、私はずっと気にして、集中出来なくなって、不安になるんです。知っていたのに手を伸ばさなかった。出来ることがあったのにしなかった。それは私に後悔させて、不安にさせて、思考を散漫にさせてしまう。だから手を伸ばしたんです。善意ではなく、私は、私が気になるから手を出した……以上です」


 顔が引き攣って笑う。結目さんは首を右に傾けて、それから左へ傾けて笑い続けていた。


「うん、意味分かんないや」


 ですよね。私もよく分からないんです。


 私は、私が楽になれることをしていたい。何も気にせず、肩に力を入れなくていいようにしていたい。苦しいのは嫌だ。何でも気にして心配して、後悔するのなんて以ての外。


 そうならない為ならば、私は誰かに手を伸ばしたい。それだけです。すみません。


 なんて説明出来ない私は、視線を下げて笑う。


 結目さんは「まぁでもさ」と笑っていた。


「あの程度まけない奴、いらないよね」


「――は、」


 言葉がまだ理解出来ていない時。


 竜巻が消え――男の人が落ちていった。


 心臓が握られたように苦しくなり、鳩尾が殴られたように痛くなり、胃液が出そうな吐き気がする。


 脊髄反射で伸びた手は届かなくて、体が竜巻で巻かれる。


 駄目だ、待って、駄目だ駄目だそれはいけないッ!


 思うのに男の人は落ちるから、私は叫ぶんだ。


「やめてッ!!」


「ッ、ふっざけんな!!」


 りず君の悲鳴とひぃちゃんの藻掻く声がする。


 同時に――酷い地鳴りがするから。


 私は反射的に目を閉じて、竜巻が解かれて力が抜けた。


 体が冷える。末端と言う末端から。それでも顔が熱くなって、目を開けるのが恐ろしかった。


 体が震える。奥歯が鳴りそうで必死に噛み締める。


 ――私が余計な手出しをしたせいだ。


 結目さんに理解出来ないことをしてしまったせいだ。私が助けようとしなければ、あの人は逃げられていたかもしれないのにッ。


 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、本当に、


「うわ、マジかーあいつ」


 結目さんの声がする。私の無意味な謝罪が止まる。


「あぁ! 氷雨!! 氷雨!」


 りず君が呼んでくれて、ひぃちゃんが私の震える頬に頬擦りしてくれる。


 嫌だ、怖い、怖い、怖い、嫌だ、目を開けられない。


「氷雨さん、ご無事です。あの方はきちんと――助かっておられます」


 目を見開く。


 そんな、こんな高さから落ちたのに。


 見る。


 そこには――男の人を中心にへこんだ地面があった。


 彼は顔をゆっくり上げてくれる。その表情は正にで、私はきっと地面に足を着いていたら、しゃがみこんでいたことだろう。


 彼は言う。遠くても聞こえる低い声で。


「ちょっと、足が、痺れた、な」


 そういう問題じゃねぇ。


 私は髪に指を差し込んで、掻き毟りたい衝動に駆られていた。


「おぉ、靴が、抜け、ない」


 そう、助かった彼は言っていた。

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