第4/8話 裏は表、表は裏。闇から観ればそう言うこと。
渡る世間は鬼ばかり、と誰かが言ってやした。鬼ばかりならば、他に何もないってことで問題ないんじゃねぇですかねぇ。鬼と言っても色々御座います。仕事の鬼、戦の鬼、将棋の鬼。一生懸命、努力して強くなった。この鬼の怖さは違うんじゃねぇですかねぇ。見方を変えれば善にも悪にもなる。毒のようなもので御座いましょうか。さて、今宵は、どこのどなた様に、この毒を召し上げって頂きましょうか。
越後忠兵衛に関する補足をしておきましょう。
薩摩・種子島などを経由して、オランダと交易していたお陰で鉄砲伝来をいち早く知ることができた。その製法技術を堺に持ち帰った。高い技術を持っていた堺職人は、丁寧に分解し、細部に渡って、仕組みを理解すると見よう見まねで、鉄砲を完成させた。さらに商売へと繋げるため、部品の規格を定め、組み立てることにより、大量生産にも成功した。金は、力なり。
独占的に鉄砲を扱う堺商人たちは、鉄砲の取引を盾に、諸大名を手玉に取り始めていた。諸大名の弱みも握った堺商人たちは、信長の後ろ盾を誇張し、諸大名を押さえ込んでいた。藩政にも口出しするようになり、藩の特産物の独占販売権や、交易商品の押し売りなどが、日常茶飯事となっていた。
珍しい物が手に入ればせっせと信長に献上していた。諸大名や異人との交流で得た面白い話をてみあげに信長との親交を深めていった。その裏では、邪魔な者を闇から闇に葬ることも、珍しくはなかった。
その中心的謎の人物を諸大名たちは「闇将軍」として、組織は「閻魔会」と皮肉を込めて呼び、恐れれていた。謎の人物こそ、越後忠兵衛だった。
忠兵衛は、窮地に立たされていた。密偵の報告で、織田信長が、鉄砲製造の権利を狙っているという情報を得たのです。信長が本気になれば、権力と武力で、一機に奪い取られることは、陽を見るより明らかだった。忠兵衛は、闇の会を緊急召集した。
そこは、白い西洋風の館だった。舶来品で彩られた部屋に、黒檀のテーブル。その上にテーブルクロスが敷かれ、赤ワインが注がれたグラスが、七つ並んでいた。
「本日、集まってもらったのは他でもない。あの信長のことだ」
「聞いております、鉄砲の取得利益を狙っている件ですな」
「そうだ」
「私の密偵からも、それは濃厚なことかと」
「わてもそう、報告を受けてますわ。それも、そう遠くないとね」
「やはりな、それぞれの密偵が、色んな見立てから得たものだ間違はなかろう」
「あのお方は金では動きゃらへんから、ほんま厄介ですなぁ」
「脅しの材料を調べたんどすが、あきまへん、使えまへんわ」
「人質でも取るかと調べて見たが、我が身大事の人や、効果あらしまへんわ」
「一層のことあの世にでも逝ってもらいまひょか、その方が楽でっせ」
一同は一瞬氷ついたが、冗談として、薄笑いが起きた。
「忠兵衛殿、何か策でも。で、なければ本日の会は、何事で御座います?」
「察しの通り、策は…ありますぞ」
「策でっか…どんなもんだす」
「そう焦りなさんな。その策には、色んなものが絡んでおりましてな、ちょいと根回しに手古摺っておりますわ」
「根回しでっか、何か手伝いまひょか」
「私の策はかなり込み入っておりましてな、綱渡りの危なっかしさも伴いますよって結果がでましたら報告さしてもらいますわ。出来たら、もっと簡単にちょちょちょいと片付けとうおますわ。簡単な方法があったら教えて欲しいもんですわ、あの暴君信長を黙らせる手立てをね」
一同は無言で、忠兵衛の方を凝視していた。その沈黙が、険しさを物語っていた。
越後忠兵衛は、重い口を開いた。
「気まぐれな信長様にも、困ったものです。私たちを、困らせるなんて。許せませんねぇー。そんな悪戯っ子には、ちゃんとお灸を据えないとねぇー」
「まさか、暗殺でっか…」
一同は、忠兵衛の発言だけに凍りついた。
「本気でっか。そんなことをしてみなはれ、仇討とやらで、厄介な輩に命を狙われまっせ、おー怖」
「その顔は本気でんなぁ。それで、どうなさると…」
「茶人の今井崇久と千利休、それとイエズス会の宣教師を取り組みましてね」
「ほう、それで、どうしやはりまんのだす」
「意外と簡単でしたよ。宗久と利休には利権確保でしょ。宣教師には、キリスト教徒になるのを拒む信長は邪魔でしょうから、日本から消しちゃいましょうかって、囁いただけですけどね。これが、これが思いのほか受け入れらましてね、ちょっと、私も拍子抜けしているんですよ、く・く・く・く」
「それで信長はんを、どうしやはるんでっか」
「まぁ、それはまたのお楽しみと言うことでご勘弁を。それにしても、異国の面白い品物をあれやこれや、買い与えて、えらい出費ですわ。幾らかは、皆さんにも負担して貰いますよ。上手くいけばね」
「それは上手くいけば、安い買い物でおますさかい、安生差してもらいます」
「信長はんは、子供みたいな御仁やさかい。おもちゃを与えておけば、宜しおす。く・く・く・く」
「どうなされましたんや…」
「いやね、こないだ、オランダのおなごが身に付けるパンティとガードルやらを手土産に持って言ったんですがね、く・く・く、それが、いたく気に入られたようで、その場で身に付けられましてね。く・く・く、おなごが身に付ける物だと言ったのにですよ。お陰はんで見たくもない変わり者を見せられましたよ。それが、面白うて、面白うて、笑いを堪えるのにひと苦労させられたのを思い出したもんでね」
「ほんに、信長はんは、変わり者で御座いますなー」
一同は、その光景を想い浮かべ、小腹を抱えて笑った。
「それで、よせばいいのに、絵師を呼んで、裾をまくったみっともない格好を描かせて、満足気にその絵を眺めては、はしゃいで踊るは、歌うはで上機嫌でね、異国に行けば、もっともっと、信長様の知らない物や事柄がありますよって、て行かはったら宜しいのにって言ったら、そうかそうか、行ってみたいのうって」
「それで忠兵衛どん、どうなさろうと」
「こんなええ機会を逃したら、商売なんか出来まへんがな。行きなはれ、行きなはれって、散々煽ってやりましたわ」
「それでそれで」
忠兵衛の話を噺家の語り部のように、一同興味津々期待を込めて聞き入っていた。
「そしたら、本人も満更ではないとういご様子、私には、そう見えましたな。ひと段落して信長はんが縁側に出て、空を見上げてため息をつかれたんですよ。ほう溜息ですか、悩み事があるなら聞かせてもらいますよって。そしたら…」
「のう、忠兵衛、わしは正直疲れた。いつも自分を脅かす者の不安に晒される。いつもじゃ。秀吉にせよ、光秀にせよ、家康にせよ。勢力を強める度に、頼もしい家臣というよりは、いつ、わしの首を討ちに来るかという疑いの目で見てしまう。天下取りはすぐそこにある。しかし、その後に何がある。逆らう者があれば、討つ、それだけではないか、つまらん、実に、つまらん。手にするまでは、面白かった。手が届くと分かってからは、つまらんのじゃ、何もかもがな、分かるか、忠兵衛」
目新しい物を前に充分に愉しんだ信長は、越後忠兵衛に本音を漏らし始めた。
「分かりますとも、信長様とは比べてはいけませんがね私も財を築いて、遊びという遊びを金に糸目をつけず、やってきました。ここに来て、遊び尽くしたというか、熱いものが込み上げてきまへん。歳は取りたくありまへんなぁ。信長様はまだ若おます、やり直しが効きますさかい、宜しおますな」
「やり直すか…それも良いかも知れんな」
「そうなさいなまし、幾ら金があっても、若さは買えまへんさかいな」
「そう簡単に言うな。もし、わしが…わしのわがままで、居なくなれば、落ち着きかけている世相がまた乱れる、多くの者の命が、土の肥やしになるではないか」
「どうでしゃろ、信長様より長く生きた愚か者の意見として聞いて貰えまへんか」
「何だ、遠慮はいらん、言うてみぃ」
「言うたはええが、無礼者はなしですよ、宜しおますか」
「分かった、言うてみぃ」
「ほな、遠慮なく」
「おう、言うてみぃ」
「信長はん、死になはれ」
「なんと、わしに死ねと…えぇーい、そこに直れ、先に叩き切ってやるわ」
越後忠兵衛は、微動だりせず、信長を睨みつけた。
「ほら、怒った。まぁまぁ、落ち着きなはれ、まぁまぁ」
「これが、落ち着いておられるかー」
「ほな、聞きますが、先の見えたこの世に信長様のやりたいことを見出すほかの術はおありでっか」
「わしが死んでは、やりたいことも何もあるか」
「誰が、ほんまに死んでくれなんて、本人を前に言いますかな。私は、そんな命知らずやおまへんで。私とて商人の端くれ、そんな命の安売りは勧めまへん」
「本当には死なない…とは、どう言うことか」
「ほれ、それどすがな。信長様がどこかのくそ大名に戦で負けた、これは、信長様の功績に大きな傷を付けるし、負けず嫌いのあんさんには、不向きで御座います。
かと言って、海外に行けば、行ったで、国外逃亡や仏教徒から、ほら撥が当たっただの、隠れキリシタンなどと遣うされる。残った織田軍の者にも、どんな非難が浴びせられ、窮地に追い込まれるやも知れまへん」
「四面楚歌、八方塞がりではないか」
「そこで、ちょいと天下の大芝居を打ってみてはと」
「天下の大芝居とな」
「そうでおます、勿論、主人公は信長様で御座います。 明智光秀様、羽柴秀吉様、徳川家康様ら重臣さんたちにも、一泡も、ふた泡も、く・く・く、これは失礼致しました、浴びて貰うおと思うております。それ程、大掛かりにしませんと、面白くおまへん。 同じやるなら、大衆演劇のひとつにもなって、世間があっと驚く位のことをしまへんとな。世間が騒げば騒ぐほど、真相は闇の中に。人の口には、流石に私でも、戸を建てられまへんですがな。それに、出しゃばった奴が、重箱の隅でもほじくり返す、 なんてなったら、折角の大一番も、何処へゆくやら、たまったもんじゃありゃしまへん。どうどす、天下の大芝居、面白おまへんか」
「して、その天下の大芝居とやらは、どのようなものだ」
「おっ、興味をお持ちくださったか、では、この越後忠兵衛の書き下ろした、筋書きをとくとお聞きあれー、トトントントン」
「調子に乗るでない、能書きは良い、早う話せ」
「これは、失礼致しました」
忠兵衛は、図に乗ったことを反省し、深々と頭を畳につけた。
「さぁ、早く、早く、話してみよ、さぁ、早く」
「そう、焦らさないでくだされ、これでも、下準備にどれ程の時と金を使ったか。まぁ、それは、こっちの問題で信長様と関係おまへんけど…」
忠兵衛は、一瞬、締まった、と思った。信長の承諾なく、下準備を進めていることを悟られたのでは、と思ったからだ。
「下準備、とは何か」
「嫌ですよ、信長様。芝居を書く時、色々と下調べをしないといけまへんがな。そうせんと、絵に描いた餅に成り兼ねませんがな、そうならないための下調べのことですよって」
「おお、そうか」 忠兵衛は、上手くその場をやり過ごせて、ほっとした。
忠兵衛は、意図的に口調を変えた。
「来る6月2日、本能寺宿泊のおり、そこで茶会を開催致します。その情報は、明智光秀の命を受けて、信長様の側近で黒人の彌助からイエズス会に筒抜けになっております」 (これは忠兵衛の偽り)
「なんと、光秀と彌助が、イエズス会の密偵とでも言いたいのか」
「それは、分かりまへんな」
「何故そのように言える。裏切っておる、だと、問答無用じゃ、はっきり言え」
「では、不確かですが、それで宜しければ」
「それでもよい、言うてみぃ」
「では、お言葉に甘えて。残念なことですが、事実です。私たちの情報網は、密偵を通じて、寝もの物語、密談というやつを事細かに収集する能力に長けておりましてね、警護が疎かになる本能寺に、何らかの企てが起こるという情報を得ましてな」
「その情報とは何か」
「それはですね、信じる信じないは、信長様の勝手で御座いますが、それはそれは恐ろしい企てでして」
「まどろっこしい、早う、言え」
「そうは言われましても、信長様の重臣、光秀様を裏切り者扱いしている時点で、正直、いつ、信長様の怒りを買って、斬られるか、そう思うと、体の震えが止まらない、というのが本音で御座います」
「お前が、震えているとな、馬鹿を言うな。自信に満ちた面立ちで、居座っておるではないか」
「地獄を見過ぎたせいか気持ちが顔にでまへん、損なことですわ」
「忠兵衛の目を見れば、どこまで調べ、自信を持っているか分かるわ」
「流石、信長様で御座います。何もかもお見通しのようで」
「わしとて、裏切り、裏切られは、嫌と言う程、窘めてきたわ。今更、裏切り者が身近にいようと驚きはせぬわ」
「しかし、光秀様とは、お考えに成らなっかたのでは」
「…」
「何故、光秀が裏切っておる。忠兵衛は、その訳を知っておるのか」
「旨に手を当てれば、思い当たることが御座いますでしょう」
「多すぎて分からぬわ」
「開き直りますか、このような所で。まぁ、宜しおます。詳細な事は、分かりかねますが、幾つか思い当たる所が御座いますでしょう」
「苦しゅうない、言うてみぃ」
「信長様からすれば、そんなことで、と言う事でしょうから。しかし、反感とか、反りの合わない関係とは、些細な事柄から、捻じれ混沌とするものですから」
「あい、分かった、早う、言うてくれ」
「信長様は、四国征伐をお考えでしょう」
「そなたは、何でも知っておるようだな、最初は戯言と思わぬ節もあったが…、
これは、心して聞かねばならぬようだな」
「有り難き、幸せ。とでも言うのでしょうか、お侍さんなら」
「ほとほと、忠兵衛は、人の気持ちを逆なでするのが好きなようだな。しかし、いい加減にしておけよ、こう見えても腸が煮えくり返る思いで、聞いておるのだから」
「これは、言葉使いに気をつけなければ、なりませぬな」
「それで…先を話せ」
「その四国征伐を光秀様が苦慮されて、長宗我部元親殿との仲介に骨を折られておるそうな」
「そうだ。元親とは親睦を深め、四国を任しておった。しかし、わしが勢力を強める事により敵も増える。瀬戸内の毛利にいつ攻められるか分からぬ。よって、わしが四国制圧を成し遂げれば、毛利とて手出しはしにくであろう、そう思うてのことだ」
「そうでしたか、そうなら、そうと、光秀様に何故、おっしゃらないのですか」
「そうだな、そうすれば良かったのか…。疑心暗鬼、下克上など当たり前の世の中にどっぷり、浸かっておると信じられるのは、自分だけになってしまうものだ。水も漏らさぬ、それが、身体に浸透しておる。こうして、そなたの話を聞いているのは、そなたが武士でなく、ただの商人でもないからだ。そうか、意思の疎通か…最早、わしには手遅れの手立てかも知れぬな」
「お察し、申し上げます」
信長は遠くを眺め、戦に明け暮れる武士の苦悩を憂いていた。
「信長様、光秀様と元親様に使える斎藤利三様はご存知でしょ。光秀様と利三様も旧知の仲。信長様と旧知の仲の間で光秀様の心労は計り知れないことでしょう。さらに、光秀様は隠れキリシタン寄りのお方。信長様がイエズス会への入信を拒まれているのも、光秀様の背中を押すことでしょう」
「イエズス会か。聖人君子の顔をした狐か狸か…騙されはせぬわ」
「そろそろ、確信に入りましょうか。信長様の功績を極力傷つけず、意向を達する術は、そう、明智光秀による謀反で御座いまする」
越後忠兵衛は、そう言うと、深々と頭を垂れてみせた。
「何、光秀の謀反とな」
信長が光秀を小馬鹿にしている噂がある。それは違う。寧ろ、認めていた。その証が「禿げ」の発言。気を許す仲と思うからこそ、そう呼ぶ、秀吉への「猿」と同じだ。常に秀吉と比較し、対処への慎重さが信長の苛立ちを誘発していただけだった。
「そうで、御座います」
「光秀に謀反を起こさせるというのか」
「いいえ、違います」
「どう言う事だ、分かるように説明せい」
「光秀様に謀反を起こさせるなど、滅相もない。幾ら、闇将軍と言われた私でも、そこまで致しませぬは」
「どういうことか。そなたの筋書きではないと言うか。光秀の決意と言うのか」
「さようで御座います。信長様の側近の彌助は、光秀様の密偵であると同時に、私供にとっては、光秀様とイエズス会の動きを知るための密偵でもあるのです。その彌助から光秀様は、イエズス会の信長様暗殺の情報を得たと言うのですよ」
「わしの暗殺だと…イエズス会がか」
「そうで御座います。光秀様は、その確信を得ようと尽力を注がれましたが、策士であっても、なにせ、それを手繰り寄せる駒をお持ちでない。時は、確実に迫って来ている。焦られておられた。そんな折、イエズス会の情報を得られた。本能寺近くに砲弾を持ち込んだ、というね。私供も得ております。その砲弾を本龍寺に向け放ち、木っ端微塵に破壊。さらに、証拠隠滅のため、焼き尽くそうとするものです」
「信長様もご存知でしょう。イエズス会とは名ばかりの会。その実態は、宗教を隠れ蓑にした日本の植民地化。彼らの後ろ盾にはヨーロッパのユダヤ金融資本があり、情報集めを目的とした諜報機関を要していることを」
「薄々、感じておった。それゆえに入信を頑なに拒んでおる。秀吉も同様にな。しかし、光秀は違ったか。光秀の欠点は、心優しい故、真実を見誤る所かな。そうか、光秀がのう…、信仰とは領分弁えねば恐ろしいものよな」
「奴らの情報は、わしにとっては、輝かしきもの。利用すべきは、割り切って利用する。上手く付き合えば良いものを取り込められたからの」
「おっしゃる通り、利用すべきは、利用する。いらなくなれば、捨てればよい。
これが、出来るか、出来ないかで、頭に立てるか否かが決まり申しますな」
「光秀では、無理と言うことか」
「身の程知らずを覚悟の上で言わせて頂ければ、そう言うことになりまするな」
「して、わしの後を誰に任せるのだ、いや、そなたに都合の良い後継者は、誰だと思うのか、遠慮は要らぬ、言うてみい」
「お恐れながら、羽柴秀吉様と存じます。その後は、徳川家康殿かと」
「秀吉か、奴ならやり遂げようや」
「信長様、光秀様謀反のいまひとつの理由が御座います」
「何だ、まだ、あるのか」
「信長様による家康暗殺を光秀様は知っておられます」
「そこまで、知っておったのか…。益々、わしは長らえる事が難しい立場に追いやられていると言うことか…己の蒔いた種か…」
「元親殿のように、昨日までは親睦、明日は敵では、心の安息が御座りませんぬ。
光秀様の心が折れたということでしょう。そこへ、イエズス会の避けようのない爆破などという、信長様の功績を打ち砕くような企みが現実味を帯びてきた。ならば、悪役になろうとも、自らの手で信長様を、と考えられたのも、私としては、心中お察し申す、と言うところでしょうか」
「謀反は、わしを思ってのことでもあると、言うのか」
「私には、そう思えます。策士の光秀様にしては、信長様を亡き者にした後のことを何ひとつ、決められておりませぬ。それ程、追い込まれ、焦られている。このままでは、光秀様は、秀吉様、家康様からの追ってを逃れられない。大義名分と言うお侍さんの定めのもとで。それでも暴挙に出るのは、最早、私には正気の沙汰では叶わぬことと存じます」
「そうか、そんなことが」 信長は感慨深く、自らの人生を、振り返っていた。
「して、わしにどうしろと言うのだ、もう、そなたのまな板の鯉になってやるは、煮るなり、焼くなり、好きにせい」
信長は、命の炎の揺らぎを感じていた。
2019/03/05 投稿分
毎月5の付く日はポインデーならぬ投稿日⇒次回は2019/03/05
予告編
雉も鳴かずば撃たれまい。赤子泣いても蓋取るな。蓼食う虫も好き好き。我慢、我慢で身が、持たず。好き勝手では世が、持たぬ。兎角この世は、世知がない。案外、塩梅、それが難しい。
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