その四 ぶらり旅:マヤ、ジャン、ガンマ、招待状を吟味する

 ジャンは溜息をついた。

「残酷大公の紋章……くそっ、受けるんじゃなかった……」

 ジャンは椅子にどすっと大きな音を立て座り込んだ。


 ガンマの冷静な声が車内に響く。

「中身を拝見したい」

 マヤは封筒を開けると紙を二枚取り出した。

 一枚は長方形の厚紙だった。角は丸くしてあり、マヤの名前と『招待状』という大きな文字が気取った髭文字で記されていた。


 ジャンは力なくそれを受け取ると、ひっくり返し、片眉を上げた。ガンマがふすっと鼻を鳴らす。

「どうしたんだい、ジャン? 気になる点が?」

 ジャンは招待状を裏返した。

「裏がタロットになってる」

「隠者か。ううん、この招待状自体には魔力は感じないな」


「魔力?」


 マヤの訝しげな顔に、ジャンは手紙から目を離さず答えた。

「ガンマはそういうのに聡い。ちなみに俺の魔力測定器は――」

 ジャンは懐から小さな箱を取り出す。

 それは金属製のコンパスのようなものに見えた。ただ、針は金色で大きく、方位の部分には蚯蚓がのたくったような文様が書かれている。その針がグルグルと狂ったように回転していた。

「どうにもね。昼間お前さんにちょっと反応したんだが、今は計測どころじゃない感じだ。」


 マヤは一歩後ろに下がると、声を荒げた。

「ま、魔力とか、そんな迷信! あたしが田舎者だからって――」

 ジャンは片手を上げ、指をひらひらさせた。

「この手は魔力で操っていた、と言ったら? 

 糸や機械仕掛けじゃあない。特殊な黴、まあ、粘菌なんだが、それを魔力で制御している……と言ったら?」

 マヤは両手で眼鏡を抑えた。

「ふん! ま、まあ、どっちみち、あたしには関係ないね」

 ジャンはマヤをしばらく無言で見つめ、それからもう一枚の紙を広げた。


「手紙だ。タイプじゃない。筆圧は弱い。女が書いたのかな」

「文字に特徴は?」

 ガンマの質問にジャンは手紙をつつく。

「大文字のLを強く書く癖がある。紙は透かしに刻印。なるほどソドムから来たのは間違いないってわけだ。ええっと……


親愛シェールなるマヤ嬢、一九三〇年五月十二日、十三時にドーヴィルにお出でください。

 ラプラス通りにて『ソドム』と表記された立札がございます。

 その場にいる男に、こちらの招待状をお見せいただければ、宴にご招待いたします。

 これは、かの残酷大公が定期的に行う盛大な宴であり、様々な人々が集まります。

 無論、宿泊や料理は無料でございます。

 とはいえ世界中の珍しきものが並ぶ露店があるので、お金は多く持ってきた方がよろしいかと。

 あなたの行方不明のお父上様もお待ちしております。

 是非、我らが宴に――Vより』


 明日か。おい、父親はソドムにいるのか?」

「……知らない。母さんによれば、あたしらの事を捨てて逃げちまったとかなんとか」

「ふん……で、このVは誰だ? 知ってるか?」

 ジャンの問いにマヤは一瞬戸惑ったが、頷いた。


「ま、まあ、多分、知ってる。名前はヴィルジニー……多分だけど」

 ガンマが、すっとマヤとジャンの間に入ってきた。

「多分とは? もしや会ったことはない?」

「あ……あるといえばあるけど、無いといえば無い……」

 ジャンが素っ頓狂な声をあげた。

「おいおい、どっちだそりゃ?」

「うるっせえ! だ、だってさあ……夢の中でって言っても信じてくれないだろ……」


「ああ、霊的な接触か」


 マヤは驚いてガンマを見た。

「信じてくれるの?」

 それから視線を上げると、ジャンを見る。

「俺を見るな。ガンマと話せ」

「ああ、うん……」

 マヤはガンマに視線を戻す。


「マヤ・パラディール、君は招待状に誘われ、田舎からノコノコ出てきたおのぼりさんではなく、父親捜しと夢で話したヴィルジニーなる人物に会うという目的でソドムに出かけようと決心した少女である。……それで、いいかい?」


 マヤはそこで、ガンマが口を動かして喋っているのに気が付いた。


 ――猫はこういう動きはしない――


「どうかな、マヤ・パラディール?」

「……あ、うん、そんなとこ。なんか、口に出してみると馬鹿みたいだな。

 でも、まあ、ちょっと自棄になってたし、全部出鱈目で、とんぼ返りになっても、いい気分転換になるかなって……」

 ジャンがうーんと唸った。

「お前らしくないな。何があった?」

 マヤは小さく笑った。

「会ったばかりなのに、幼馴染みたいな事を言うなあ」

「そりゃ、猿のように単純だからな! 純朴な田舎娘君。で、何故自棄になった?」


 マヤはジャンの額を軽く叩いた。

「母さんが死んじまってさ」

「ほう……殺人か?」

「ちがうってば。事故。山崩れ。ヒデー話さ。まあ、遺体は綺麗だったからいいけどさ……」

 言ううちに、マヤの目からつっと涙が一滴流れた。

「あれ? はは、参ったな……。もう一月も経ってるのに、かっこわるいや」


 ジャンはさっと立ち上がると、胸ポケットからハンカチを取り出した。

 真っ白なそれを広げると、さっと手を振る。赤いバラの花が一輪、ハンカチの上に現れた。マヤは微笑むと、バラを取り、ハンカチで涙を拭い――鼻をかんだ。

 ジャンが吹き出し、マヤも顔を上げると笑いだした。


 ガンマがやれやれと溜息をついた。

「さっきジャンに見せた依頼書に書いてあったんだけど、我々は君をソドムに送り届けるよう依頼された。期日は明日だ。

 ただまあ、個人的な見解として、あそこにいる客達の大半は碌な人間じゃない。

 だから、行くのはお薦めはしない場所だね」

 マヤはしゃがみ込むと、ガンマの目を覗き込んだ。


「それ! ねえ、教えて。ソドムってのは何処にあるの? 

 というか、何なの? でっかいホテル? 悪趣味な城? 

 社交界のお偉いさんとか、選ばれた著名人が集まる場所ってのは聞いたけど、誰に聞いても、それっきり! 役場で聞いたら、物凄い目で睨まれた!」


「うん、その反応は当然かな。良識のある人が行く場所ではないからね」

「うわっ、やっぱ、そういう所か……もしや貞操の危機? 

 でもパーティをするって書いてあるよな……あ、そういう宴か! 

 あなたも私も、み~んな裸! とか? 東洋風なのかな? こりゃ困った――」

 ジャンは立ち上がると、マヤの頭をくしゃりと撫でた。

「お前さんの間違った東洋感は置いといて、ともかくこの汽車を降りたいところだが……」

「周囲は囲まれてるね。さあ、どうする?」

「……はい?」

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