贖罪の行方(第42回 使用お題「峰打ちです」)

 わたしは人を殺めた。

 居酒屋でしたたかに酔い、喧嘩のあげく傍輩に斬りかかってしまったのだ。

 殿様の御祐筆が刃傷沙汰を起こしたとあっては、ただではすまぬだろう。相手が倒れると共に酔いから覚めたわたしは、遁走を選択した。

 だが、始終畳に座って暮らす脆弱な足では、山を縫って機敏には動けぬ。あっという間に、斬った相手の息子に見つけられた。

 小姓として殿様の警護にあたり、曲者を斬り伏せた幾多の武勇を持つ若者を前にして、わたしはあがくのは無駄と悟り、その場に両膝をつき、目を閉じた。

 首にひやりとするものがあてがわれる感触が伝わる。それが離れたところでさらに強く目を瞑(つむ)る。耳が風を切る音を拾う。再び冷たいものが首筋を直撃した。

 「え…」

 「ただの峰打ちです」

 咄嗟に漏れた声に、冷静な声が応じた。

 「敵討ちの御免状はいただいてます。けれども、あなたをどうしようと父は戻らない」

 ですが、あなたに済まなかったと思う気持ちがあるのなら、生涯父を弔うと誓ってほしい。そう告げられ、わたしは一も二もなく頷いた。

 彼は、同行させていた坊主にわたしを即座に出家させた。そして、その坊主の寺にわたしはあずけられることになった。

 木の根や木の実だけを食し、終日経を唱えているのは大変な苦痛だった。だが、必要以上に休息を取ろうとすると例の坊主が飛んできて、あの若さまにお前が怠けていると告げるぞと言ってくる。

 一度は見逃してもらえたが、次は峰打ちで済むまい。首を飛ばされるよりは勤行と空腹のほうが数段ましだ。わたしは我慢した。

 食事はさらに減らされてゆく。とうとうわたしは動けなくなり、始終寝たままの身の上となった。

 横になったまま水も与えられなくなり、昼も夜も分からず、朦朧と過ごしていると、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。

 「住職、感謝するぞ」

 「若さまこそ、ありがとうございます。

 木乃伊(みいら)はたいそう高価な薬。おいそれと手に入るものではありません。罪人ならば、心置きなく木乃伊に仕立てられます。

 これだけ弱ってきてるので、のちほどこれを土に埋めようかと思いまして、若さまをお呼びした次第で」

 「人ごろし、聞こえるか。お前はこれから木乃伊になって、病に苦しむ人たちを助ける薬になるのだ。

 せいぜい、いい木乃伊になることだな」

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