武士の情け(第55回 使用お題「悪い往生際」)

 その犯人は往生際が悪かった。

 証拠の包丁にはべったりと犯人の指紋がついていて、刃についた血痕のDNAは被害者のものと一致している。通報を受けて駆けつけた警官が、包丁と被害者の傍らで、返り血を拭いもせず呆然としている犯人を捕獲してもいる。自宅のパソコンには綿密な殺害計画書のファイルが存在し、そのタイムスタンプは犯行数時間前であった。

 これだけ完全に証拠が揃っているのに、犯人は一切認めなかった。捜査官との雑談には応じても、話題が被害者か事件の周辺に移ってくるとぴたりと口を閉ざしてしまう。

 勾留期限が迫ってきた頃、突然犯人はべらべらと一切を自供した。気持ち悪いくらい素直に喋るようになった理由を捜査官達が尋ねたが、そのたびに蒼ざめて唇を震わせる。訳を察した捜査官達は「良心の呵責に耐えかねたからだ」と供述書には記載し、犯人もそれに同意した。

 いくら殺人犯でも、公的文書に「化けて出た被害者に怒られて自供しました」と記録されるのは可哀想だというものだ。

 こうしたケースは存外に多いので、捜査官達も慣れたものである。

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